2009年 11月 02日
古い記憶 |
知人の用事につき合って、ちょいと札幌まで行ってきた。
他人の用事につき合って札幌まで行くと言うのも突飛な話だけれど、彼も別の職場の人なので、こういうタイミングでもないとなかなかつき合えないのである。
これからもっと遠い所にいかなくてはならないのに札幌とか行ってる場合ではないのだけれど、でもこちらも無職ゆえにけっこう忙しい日々を送っていたので、いい気分転換になった。
飛行機に乗るのも久しぶりだったし、ホテルに一人で泊まるのも久しぶりであった。
南小樽の駅に着くと、もうすでに雪が降っていた。
千歳の駅はけっこうあったかかったような気がしたのだけれど、近づいてきていた前線と吹き込む寒気の影響でそうとう冷え込んでいたらしい。
気温1℃。もう一枚持ってくれば良かったと真剣に悔やんだ。
そしてスニーカーを通してスースーと冷気がしみ込んでくる。実に久しぶりの感覚。
小樽の街を観光し、そして少し早いけれど札幌駅ちかくのホテルに向かった。
いわゆるビジネスホテルなのだが、このホテルがけっこうよくて、自分の家にいるよりもくつろいでいたと思う。
その日はキリンのビール園でジンギスカン食べ放題ビール飲み放題を堪能したのだった。
ただ食い終わっても時間が早く、まだ7時半くらいにしかなっておらず、僕らはなんだか時間を持て余してしまっていた。
しかし基本的に夜遊びとかにはまったく疎い二人なので、やたらと寒い氷点下の札幌の街に負けて「帰ろうか」とむなしくつぶやいた。
彼にいたっては夜遊びはおろか、酒すら飲めないのだ。飲みに行くと言う選択肢すら残されていないのでは帰るしかないわけである。
でも彼と一緒にホテルに帰った僕は、ひとりでこっそりと部屋を抜け出して札幌から歩いてすすきのの街へと繰り出した。
ススキノと言えば、東京で言う歌舞伎町に近い街で、飲み屋やラーメン屋に混じって、キャバクラだのソープだのと言った風俗店が集まる街でもある。
風俗はともかく、なにか何処かで素敵な出会いでもあればいいなあと思ってさまよっていたのだけれど、そんなこともあるわけもなく、僕は案の定いくあてもなく30分以上も歓楽街の客引きの中をくぐり抜けながらあるいていた。
歩いていると、ふととある雑居ビルに小さくてひときわ目立たない黒い扉の店があった。
店の名前が隅の方に小さく書かれている。
古いジャズの曲である。
ああオレは今夜ここに入るんだろうな、と思いながらいったん店の前を通り過ぎて、そしてやはり戻って行った。
扉をあけて狭い階段を下りると外の喧噪が消えて、空気があきらかに変わった。
急に眠りに落ちてしまったように、あたたかく懐かしいモノクロームの空気が包み込んだ。マホガニーのカウンターが奥へと伸びている。
ほの暗い店内を誰lかの歌声がしっとりと満たし、カウンターの奥の方で中年のカップルがやたらと大きな声で喋っている。
「...だからさあ、そういうのってある意味幸せだと思うのよねぇ!」
バーテンダーは僕がコートを脱ぐのを待ち、スツールに腰掛けるとおしぼりをくれた。
「ギネスを」
あればだいたいギネスである。
「ギネス」
そう小さくうなづく。
出てきたのはスタイニーボトルだった。
僕はちょっとほっとして、そいつを一杯飲んだ。
少し落ち着くと僕はマスターに訊いてみた。
「....『solitude』は.....マスターのフェイバリットなんですか?」
「はい」
初老の無口なマスターは小さくそう言った。
「私が中学生の頃、初めて聴いたjazzの曲です」
そう教えてくれた。
自分の父親よりも年上であろうバーテンダーに敬語を使われるのが、何となくこそばゆくもあったけれど、なんだか深い深いぼんやりとした記憶の中にいるかのようななかで、僕はゆっくりといろんなことを思い出していた。
とても古い記憶である。
そして一年前のことも。
そしてこの店に彼女を連れてきたかったなと、一瞬そう思ってしまった。
でもきっと連れてこない方がいい。
この店はたぶん僕の古い記憶でしかないから。
soundscape
by itr-y
| 2009-11-02 00:36
| 日常