2009年 12月 18日
タヘレスの火祭り |
オラニエブルグ通りに面したところに、古い廃墟のような建物が建っている。
廃墟のようなというよりかは廃墟そのものと言った方がいいかもしれない。
タヘレスというのが建物の名前だ。
もともとは20世紀の初頭にデパートとして建てられたものだったらしいが、これが様々な20世紀の歴史の荒波に巻き込まれてゆくことになる。
一時はナチスの施設として使われていた経緯もあったらしいが、ベルリンの壁崩壊後、どこにも所属することもなく誰の所有物でもなくなったこの廃墟に若い芸術家たちが集うようになる。
いつの間にか不法占拠した芸術家たちが住み着くようになり、建物はベルリンのアートの発信地となった。
こうした廃墟を拠点とした場所がかつてベルリンには多く存在したらしいが、今ではこのタヘレスが最後の砦になってしまったと、ここにいる一人の日本人アーティストから聞いた。
建物自体は5階まである鉄筋コンクリート造りの建物だ。中に上ってゆくこともできるが、最初僕はこの建物を通り抜けた中にある中庭に入って行った。
難民キャンプさながらのバラックが立ち並ぶ中に鉄製のオブジェが並んでいる。
地面に転がったスピーカーからは民族系エレクトロニカとでも言うような不思議な音楽が流れていて、アトリエとおぼしきバラックからは溶接の火花が散っている音がする。
最初に来た時は僕はここがガイドブックに載っていた場所だとは思わなかった。
あまりにもみすぼらしいし、あまりにも不気味だったからだ。
ただその不気味な雰囲気もしばらくいるとなんだかなじんで来た。落ち着かないと同時に、なんだか不思議な安心感のある場所でもある。
いくつか個人のアーティストのアトリエをのぞいてみる。
「やあ、よかったら見て行ってくれよ」という声に誘われて、中に入って行った。
Peteというのが彼の名前だった。
本人はNYから来たというのだが、なんだかしゃべり方が変だ。ジャンキーなのかなんなのか「ぬぼーっ」とした感じでしゃべる。
壁には彼の作品らしき油絵がかかっている。
どれも不思議な絵である。
でも彼がただ者ではないな言うことはなんとなくわかる。でもちょっと精神障害者と紙一重な感じだ。
ぼんやりと彼の作品を見て、「すばらしいね」だなんて適当にほめていたら、安っぽい版画を売りつけられそうになった。
「いまならぼくのおりじなるしーでぃーもつけるよ。20ゆーろさ」
「いや、オレまだ3ヶ月いるしまた来るから、そんときでいい?」とかなんとか適当なことを言って逃げる。危ないところだった。
ほとんどホームレスである。
でも彼の作品はけっこう良い。一応サイトも教えてもらったので見てみたけれど、ここにあるものよりかは多分アトリエにあったものの方が良いので、もしもタヘレスに行く機会があったら直接のぞいていることをお勧めする。
それにしても PeteMissing なんて面白い名前だ。
あっちこっちに薪のストーブがあって、そこで廃材が炊かれている。たき火にでもあたらないと寒くてとてもじゃないけどいられない。
この日の気温はマイナス10℃。
耳が痛くなる寒さだ。自分が持っている中で一番防寒力の高いダウンのジャケットも、この寒さの前にけっこうくじけそうである。
ストーブで暖をとっていると、女の人が薪をくべにきた。
「オードリー」というのが彼女の名前だった。
「おーどりーはいつもみんなのためにひをつくってくれるのさ」
と通りすがりのピートが教えてくれた。
ハンガリー出身の彼女はここにはわりと最近来たらしい。確かにもうすっかり悟りを開いてしまって帰って来れない感じのピートとはちょっと違う雰囲気である。
慣れない英語でいろいろと教えてくれた。
彼女の作品はとてもポップだ。たぶん日本でならそうとう人気で出そうだと思うんだが、どうなんだろう。
イラストレーターではない自分にはちょっとわかりかねけれど、こういうタッチの絵は好きである。
絵はがきがあったので、一枚いくら?と訊いたら、「持って行っていいわ」と言ってくれた。
この辺はピートと違う。
「いやでもちゃんと払うよ」と言ったのだけれど、彼女はいいのいいのと身振りで言ってくれた。
なんだか素直にうれしかった。
彼女にもサイトを教えてもらったんだけれど、このサイトどこからどう入るのかわからない。コンテンツがないのか表紙だけなのか。みんなみんなDIYでやっているから、ホームページも整備されているとは言いがたい。
興味のある方はいろいろ名前で検索してみるといいかもしれない。
「今日、ここで大きなたき火をするイベントがあるの。夜の九時から、よかったら見て行って」と言われたので、時間までしばらく建物の中を探検することにした。
不気味である。
奥へ進むのもけっこう勇気がいったんだけれど、でもずんずん進んでみた。地元の人とおぼしき人も、ものめずらしさにおそるおそる入って行ってるのを見たからである。
入ったら怒られるかなと思いきや、全くそんなことはなく普通に入って行くことができた。
中にはぼろいけれどバーがあって、みんな適当にだべったりして楽しんでいる。さらに上階にあがってみると、アクセサリーを売っている店が並んでいた。
その中でボリビアから来たという男が売っていたアクセサリーに目がとまった。
たいていアクセサリーを売っている店で自分の気に入ったものを見つけることはないのだけれど、そのなかでも勾玉みたいなデザインのアクセサリーに見入ってしまった。
男に何でできているのと訊くと、牛角からの削り出しだと言った。
これはどう使うのかと訊いたら、尖っている部分をピアスのように刺すのだと言った。確かに尖っている部分はあるけれどこの太さを刺すのか。う〜む...。
「これいくら?」
「10」
「10!?」
安くね?自分ならもろい牛角の削り出しのアクセを作って1300円で売りたくはない。明らかに質感で本物だというのはわかっていたので迷わず買うことにした。
「チョーカーにとかできる?」
「もちろん」
共通するところがあるのか、彼の作品はわりとどれも好きな感じだった。そう思える作品って少ない。たぶん帰国前にもお土産にいくつか買うことになるだろうな。
しばらくそこで誰にも見向きされないアーティストの演奏を聴いたり、聴き終わったらレコードを買うか金を払うかどっちかしろと言われたりしていつの間にか9時になった。
下に行ってみるとまだ始まっていなかった。
盛大なたき火は鉄製の大きな木のオブジェの中で炊かれることになるのだそうだ。
時間が近づくと徐々に人が集まって来た。
そのうち誰かが大げさな前口上を始める。ピートもオードリーも集まって来ている。
「これは人類が初めて見つけた火と同じ火である!見ろこれがベルリンの火だ!!」
集まった人々が笑う。
そして大きな鎖付きハンマーのような形をした鉄球に火が移されて、その大きな鉄の木のオブジェに投入された。
あらかじめ廃材と灯油がたっぷりとまかれた火床からは、瞬く間に炎の柱が立ち上った。
氷点下の氷がきらめく空に、火の粉を巻き上げて火柱があがる。
凄まじい熱。
近くに寄るととても熱い。
誰かが笛を吹き始めて、流れているエレクトロニカと混ざって行った。
みんなが炎に夢中になっている中、僕は急に冷めてきていた。
遠くからサイレンの音が近づいてくる。
「....芸術ねえ」
僕はいったいどっち側の人間なのか。
火は火の粉を巻き上げて燃え続けた。
kunsthaus techeless
soundscape
by itr-y
| 2009-12-18 05:15
| ベルリン