2010年 01月 18日
パワーグローブ |
まさか終電を逃すとは思わなくて、結局その晩は2時間もかけて帰宅した。帰る頃には3時になっていた。
街のサイズが小さいとはいえ、雪道と通ったことのない道はなかなか心細かった。だけどひとつ助かったのは、深夜だというのに気温がぐんぐんと上がってきていたことで、あちこちからポタポタと雪の融ける音が響いていたくらいである。
歩いているともう帽子も手袋もいらないくらいに暑くなってきたので、帽子と手袋をギターケースの肩のストラップに挟んで歩いた。ときどき地図を確認する。湿ってヘロヘロになった地図はところどころ破け始めていた。
この地図を買ったのが初めてここに来た頃だったからひと月近く持ち歩いている。今ではもう穴が空いて破けまくっているけれど、それでもいろんなところに僕を連れて行ってくれた。
以前に地下鉄の駅であったパブロに連絡を取ったら、ライブハウスで日曜にオープンマイクの日があるから良かったら来ないかという誘いを受けたのだ。
まあ、誘われたからには行くしかあるまい。
断る理由が特に何もないというのは、なかなか面白いもんである。今回のベルリン生活では「犬も歩けば」というのが僕のテーマなので、基本イエスマンでいようと思ったのである。
クロイツベルグの外れにあるこじんまりとしたライブハウスは、住宅街の中にあって地下部分がライブハウス兼バーになっていた。
カウンターで見覚えのある帽子と黒い安スーツの男がいたので「Pablo!」と声をかけた。
緊張しているとまるで殺し屋みたいなクールな二枚目系の顔立ちなのだけれど、笑うと一気にスペイン人になる。相変わらず調子が良くて饒舌だ。
オープンマイクの仕組みは簡単で、カウンターに座っている、進行役の人間に名前を告げ、自分の希望の順番をいう。空いているところに名前が記されていって、2曲ごとに持ち回りで歌うという感じだ。
日曜だというのに地元の若い子達が大勢いた。若いと言っても年代は様々だけれど、みんな楽しみにしているらしい。時間になると地下のステージに僕らは集まり始めた。
ドイツの家にはたいてい地下室があって、何度か入る機会があったのだけれどレンガのかべと漆喰というのは基本変わらない。とてもひんやりしていてワインとかを貯蔵するのにはちょうど良さそうだ。
はじめは人がおらず閑散としていたせまい地下室もだんだんと人が集まり始めて、最後には満員になった。冷たい地下室に徐々に暖まって行く。
「今日、ガレリア(百貨店の名前)でこの手袋を買ったんだ、いいだろう?」
あきらかに安物の手袋の甲の部分に大きく「P」と書かれていた。
「パワーグローブって言うんだ」
進行役の男の子が説明をかねて「僕のパワーグローブ」を一曲披露し、みんなやんややんやの喝采を送る。そして順番にいろんな人が曲を披露して行く。面白かったのは出演者のレベルが様々だということで、ものすごく下手なやつも入ればものすごく巧いやつもいて、みんなとくに緊張することもなく楽しんでやっているのが印象的だった。
日本だと妙に仲間内だけで盛り上がったり、妙にとんがってるやつがいたり、すんごく緊張してこっちまでヒヤヒヤしてしまう感じの人がいたり、観客としているとぐったり疲れてしまうことが多いのだけれど、みんな上手い下手関係なくそれぞれに味があって面白かった。
肩肘張ってないというのはとても良い。
集まる人間が様々な国から来ているためが、アナウンスは基本英語でなされみんな英語をしゃべっていた。とても助かった。パブロの番が来て彼がステージに上がった、彼が緊張しているのがわかった。殺し屋の顔になっている。
「あちゃー...」
大道芸人のクセしてなんで緊張してんだよ。と思った。マイクだとかいろんなもののセッティングがフィットしないらしく何やらごそごそやっている。大丈夫かいな。
会場の空気が何となく沈み始めて見ている方までなんか緊張してしまった。でも彼のプレイ自体は安定していて、ギターの音もよく聴こえていた。唯一スペイン語だったからみんな不思議な面持ちで見ていたけれど、けっこう聞き入っていたんじゃないかと思う。
でもパブロは終始緊張していた。
僕の番が来ていつもやっている曲を2曲歌った。
会場にいる人全員がほぼ外国人だというのにも関わらず、僕は非常にリラックスしてMCをして演奏した。なんだかあんまり外国でやっているという気負いはなかった。マウアーパークでの突然の飛び入りステージも良かったのかもしれない。
「Dancing Stone」と「Remove before flight」
最近はこのふたつがいつもの曲になっている。
「Dancing Stone」はずいぶん前にとあるライブの当日、間に合わせで30分で書いた曲だ。この今日がいつの間にか定番曲になってしまっているのがなんだかおかしかった。大嫌いだったのであるこの曲。でもやるオリジナル曲がなくて仕方なくやっていたら、思いのほか評判がよろしくていつのまにか定着してしまったのだ。
何がどうなるかわからない。そしてこの曲は案の定こっちでも評判が良かった。
「やれやれ」
何がどうなるかわからない。
「また来週も来てくれよ」
進行役の彼が僕にそう言ってパワーグローブで握手をしてくれた。
soundscape
by itr-y
| 2010-01-18 20:39
| ベルリン