2010年 01月 22日
返事を書かなくちゃ |
一通、メールが届いた。日本からのものだった。
インターネットカフェで僕はそのメールを見て頭を抱え込んでしまった。
どちらかというと喜んだ方がいい内容なのだろうけれど、素直に喜べなかった。様々な思惑が錯綜している。いや錯綜というよりも交差と言うべきか。僕は北北西をめざして相手は東北東をめざしている。
僕の部屋にはプリンタがなくて、使いたい時にはネカフェに行くしかない。web予約した電車とホテルの予約確認書を印刷するためにインターネットカフェに入り、そこでメールをひらいていたのだ。
DB(ドイツ鉄道)のサイトで予約をし、予約がきちんとされているか確認しようと日本でいういわば緑の窓口に直接確認しに行ったのである。
その際に、プリンタがないから予約確認書はなくても乗れないかと訊いたのだけれど、ダメの一点張りだった。
ドイツに来て係員の対応に腹が立つことはあっても、そんなに頑固だなと言う印象は受けなかったが、僕はここに来て初めて融通の利かないいわゆるステレオタイプのドイツ人というやつに遭遇した。
それまでに教会でのコンサートの窓口や、博物館の入場の時などにもトラブルはあって、きちんと手続きをしたにもかかわらず入れなくなったことはあったけれど、みんな事情を話したら折れてくれた。
「わかってくれた」とかではなく「おれる」と言った方が正確だろう。ごねるとみんなめんどくさがり始めるのである。僕も接客業だったのでわかるが海外からのお客がごねると面倒だ。受け入れた方が楽でいい。
しかしDBの係員はプリンタがなけりゃネットカフェに行け、と言い放った。
僕は一瞬自分の耳を疑った。
もっぺん言うけど日本でやるとクビである。
こんなこと言ったらもうおしまいなんである。だって自分のところのシステムが機能していないのを認めるようなもんだ。ネカフェもなくてプリンターもなければいったいどうするのか。たぶんパソコンがあればプリンタもあるだろうとでも言うんだろう。でももし何らかの理由でプリンタが作動しなかったらどうするのか。プリンタなんていざという時に動かないものの代表格でもあるのに、もしそうなったら予約した人は金を払ったのにも関わらず乗れないことになるのか。
「じゃあ、予約の確認だけでもしてください。さっき予約したんです、そのぐらいならわかりますよね?私の名前はありますか?予約番号はこれです」
「ここじゃできない。インターネットカフェに行って。そこを出てずっとまっすぐ行ったところ」
「いや、だからそうじゃなくて、あり得ないでしょ。さっき予約したんだ。端末の顧客のデータが入ってないとでも言うんですか?チェックできないわけがないでしょう?私の予約ナンバーはこれですから確認してください」
「そこならプリンターもある」
明らかに英語がしゃべれない様子だった。やり場のない怒りをこらえて僕は精一杯の笑顔で「Dank!」と言ってカウンターを後にした。二人のオバさんはあきらかにイライラしながらこっちを睨みつけていた。
そんな状況でネカフェに行きメールを開いたのでぐったりと頭を抱え込んでしまったというわけだ。
疲れている状況で帰国してからの話をされるというのは、なかなか頭が働かない。もう帰るまでひと月を切ったから、僕もそろそろそれに向けていろいろ準備をしなくてはならないのだけれど、目の前の話がどうしても自分にとって有益な話とは思えない。
ただ返事は早くしないと。
「みんなみんな自分勝手だ」
そう思った。
だから今度は自分が自分勝手になるのだ、と思って飛び出したのだった。
僕はちょっとは自分勝手になれていたんだろうか。
精一杯声を張り上げても、それが闇に消えて行けば騒音でも迷惑でもなくなる。ただの音だ。
誰かがいるからそれは声になって届き、馬鹿にされることすらできる。
夏の埋め立て地の臭いとか、東京湾の潮の香りを思い出しながらそうやって一人で叫び続けていた頃のことを思い出した。
一種のホームシックなんだろうか。
それとも昔と今を比較して、さほど成長してないことに苦笑しているのか。
場所が変わっても人間はさほど変わらない。変わったと錯覚するだけだ。
僕は返信ボタンを押した後、白紙のメッセージ欄を前になかなかタイプすることができないでいる。
帰ってこない手紙はどこに行ったのだろう。
また別のことが気になり始めていた。
soundscape
by itr-y
| 2010-01-22 19:45
| ベルリン