2010年 02月 04日
Zionkirchの夜 |
ウチのアパートのあるブルネン通りから路地を入ったところに、ツィオン教会という教会がある。
この教会を挟んでもうひとつカスティニリアンアリーと言うちょっとおしゃれな通りがある。この辺りは小さなバーやらレストラン、カフェが点在している。
ツィオン教会の周りは基本的にはすべて閑静な住宅街なんだけれど、同じように一階に小さなカフェやバーが多い。教会をぐるりと取り囲むようにしてそうしたお店があるので散歩するのにはもってこいだ。
そんなカフェバーの中のひとつがライブハウスになっていた。ライブハウスになっているというと語弊があるかもしれない。ちいさな一段高くなっているステージがあるだけど他には特にそれらしい機材はないからだ。だから基本、生演奏。
その日はSOON KIM、Guenter baby Sommerのライブだった。
今回、いろんなところでおとなりさんブロガーや様々な人のお世話になったのだけれど、今回このジャズサックス奏者SOON KIM氏を紹介してくれたのは、「everything but the kitchen sink」のtop-to-toeことsaoriさんだった。
なんでもKIMさんはかのオーネット・コールマンに師事していた人らしい。
マジっすか...。むっちゃ大御所やないすか....。
幸運にも僕はこのタイミングでヨーロッパ周遊から帰っていて、この近くでライブがあるということを知った。一応その日の午後に散歩がてらその店を下見してきたんだけれど、本当にここでやんのかなというような、小さなカフェだった。しかし夜、時間になって行ってみるとその小さなカフェが人でいっぱいになっていた。
ちょうど店に入ろうとしたタイミングで、同じく店に入って行くサックスケースを持った東洋人の姿に僕は気がついた。写真とおなじ人だったので僕は日本語で「...あの...キムさんですよね?」と話しかけた。
My Spaceの名前が英語で書かれていたので、もしかしたら英語しか通じないのかなとおもっていたら思いっきり関西弁で「...あ、はい、そうです!」と返ってきた。よかった。同じ関西(くに)の人や...。(ちなみに筆者は大阪生まれ)
話し声がうるさくてオーダーするのも一苦労である。僕はカウンターで辛抱強くバーテンダーのタイミングを見て、「ヴァイスビア(白ビール)!!」と叫んだ。なにか手にもっていないと居づらい。
僕が入った時は前座のバンドが演奏していた。
ドラムとエレキギター。ジャズなのかオルタナなのかはたまた音響系、ノイズ系。いまひとつコンセプトのよくわからない演奏だった。とりあえずなんかアートっぽければいいやというような感じの演奏だった。
僕はちょっとなんかやな予感がした。このおしゃれバーはいわゆる街のおしゃれさん達がアートを気取って、スタイリッシュに楽しめればそれでいいという軟派なバーなんではないか。そしてこれから僕が観るライブもそう言うものなんではないか。でも紹介されて来たからには観ないわけにもいかないし、でももし死ぬほど退屈だったらどうしよう。最低でも1時間以上はやるはずだからもしよくなかった場合、それでも聴くのはつらいものがある。
そんな中、前のバンドがはけてステージの準備が整うまで少し時間がかかった。生演奏ではあるけれどライブ録音もするらしく、ステージ脇にはラップトップがスタンバイしており、コンデンサーマイクの調整がずっと行われていた。
そして世話役みたいなじいさんがのたりのたりとやたらゆっくりとした動きでドラムをセットしていた。なんでこんな年寄りにローディをやらせるのか。僕は何となく不思議に思っていた。そしてだんだんとドラムセットが組み上がって行く。不思議なセットだった。いわゆる普通のドラムバスドラスネア、タム、ハイハットというものではない。基本は同じだが、本来タムがあるべきところに平たい不思議なタイコがセットされている。その他にも、これどうやって音を出すんだろうと思うようなものが並んでいた。
僕は準備の間中、ずっとそのドラムセットを眺めていた。ひとつひとつにとても年季が入っている。
一方のキムさんはわりと暇そうだ。それもそうだ。だってサックスだけだもん。まして生演奏なら特にセットアップも必要ない。時間がかかっていたのはレコーディング用のマイクのセットとドラムだけだった。そして、準備が終わった。
間もなくはじまるなと思ったので僕はそれとなくドラマーの姿を探したのだけれど、それっぽい人は居ない。じいさんはまだドラムの前に座っている。そしてキムさんがバーテンダーにBGMを消してくれと合図をしたあたりでようやく気がついた。
どうもこのじいさんがドラマーらしいと。
サックス SOON KIM ドラム Guenter baby Sommer
このよぼよぼのじいさんがいったいどんな演奏をするってんだよ、と内心思っていたのだけれど、「スカン!!!」と鋭いリムショットが響いた瞬間、僕は手が止まった。
ぞぞぞぞと夜中の間に蔓草が茂って行くように一気に空気が変わった。そしてそのもやの中から鋭いビートがこだまし始めていつの間にかリズムになっている。そこへサックスが入り、その景色の中に入って行く。
濃く摺った墨汁をなでつけるようにサックスのメロディーが流れて、その場にいる客達も体を動かしている。それでも店内はおしゃべりをする客達でうるさいが、二人はおかまい無しに曲に全神経を集中させている。いったいどれほどの時間だったろう。注文した白ビールはまったく減ってゆかず、僕の手の中でぬるくなり始めていた。
釘付けになってしまうライブってどのぐらいぶりだろう。
そんなライブだった。
二人の奏でる音は狭いカフェの中にとどろき、気がついたらアンコールを求める拍手が鳴り響いていた。僕も一緒になって手を叩き、最後に一曲をやってステージは終了した。全部で一時間半くらいのライブだったろうか。あんまりよく憶えていない。そう言えば時計をみなかったライブというのも久しぶりだった。
その後、何事もなかったかのようにカフェには喧噪が戻った。今さっきまでここでプレイしていた人間がすぐそこにいるというのに、みんなあんまり関心はないようである。これもベルリンに来てちょっと驚いたことのひとつだ。キムさんとゾマーさんの二人は普通に片付けはじめていたし、お客さんもふつうに飲み続けていた。
なんだか、なんと言えばいいのか。いろんなものが根本的に違っていてなにから説明すればいいのかよくわからないでいた。
こっちに来てからというもの、カルチャーショックというのは本当に連日立て続けに起こるもので、3ヶ月近く住んでみてある程度慣れはしたものの、けっこう驚くことが多い。ベルリンに行くきっかけを作ってくれたMくんにはずいぶんベルリンに否定的だったけどと言われてしまったけれど、はっきり言って腑に落ちないことの方が多かった。人種や民族の違い、国の違いってこういうことなんだなと思った。
さてライブが終わった後、キムさんのサポートの人たちが片付けをしていたので、僕は話しかけがてらゾマー氏のドラムの片付けなんかを手伝っていた。ゾマーさんは車で来ていて小さなバンの中に黙々と機材を運び込んでいった。僕らもそれを手伝う。
ベルリンから来るまで2〜3時間くらいのところに住んでいるというゾマーさんには、運転手がいるのか、あるいはたぶん車でお迎えがくるんだろうと思っていた。
しかし、世界のグンター・ゾマーはふつうに自分で車を運転して帰っていった。
夜の12時ちょっと前。
しかもけっこう飲んでる。
そして高齢、深夜。
大丈夫なんだろうか。
「いやー...なんかようわからんけど、オレのプレイをえらい気に入ってくれてな、たまにこうして一緒にやってくれんねん」とキムさんはむっちゃ関西弁で教えてくれた。グンター・ゾマーはフリージャズの世界ではとても有名な人で、この手のドラムサウンドの草分け的な存在らしい。YouTubeでもその神がかったプレイを見ることができるのでぜひ観ていただきたい。圧巻である。
それに対抗するキムさんのサックスも神がかっていた。よくもあのリズムの中で自分がどこにいるかを見失わずに吹けるなと思う。ジャズは僕にはちょっと難しそうだ。
ゾマーさんが帰った後も、キムさんはあれこれといろんな話をしてくれた。折悪しく、そのライブの後日本に帰ってしまうということだったので、僕はまたぜひライブにお邪魔させてくださいと言った。キムさんは「今度一緒にセッションしましょう」と言ってくれたのだが、正直太刀打ちできる自信がない。何を弾けばいいんだろう。
僕はキムさんにお礼を言って、一人アパートに帰った。
音楽っていったいなんなんだろう。
わりと真剣に考えた夜だった。
soundscape
by itr-y
| 2010-02-04 00:51
| ベルリン