2010年 06月 21日
郷に入れば |
仕事が早めに終わって、午前5時にはタイムカードを押した。
早く終わるのはいいものの、こんな時間ではどの店も開いておらず、つまらないのである。仕方なく近所のコンビニに寄って立ち読みをしていたのだが、10分ほど読んだ所で後ろの方から「お客さん、立ち読みはご遠慮ください」と他に誰もいない店内をイライラした声が飛んできた。
ふと振り向くと同じように夜勤明けの店員が腰に手を当てて、レジ台に手をついてこちらを睨みつけていた。
あんまり突然だったので驚いたのだが、僕はおとなしく雑誌を書棚に戻し、「どうもすみません」と言った。
バシッと言われてしまうと逃げ場がない。なんとなくこのままではバツが悪いので僕はフラフラと店の中を歩いてゆき、飲料売り場の前で足を止めた。いかにも、「そうそう、これを買いにきたんだよねえ」と言った感じでペットボトルのミネラルウォーターを手に取り、レジに持って行った。
「どうもすみません」
と、もう一度相手にはっきり聴こえるように非礼を詫びて特に買う必要もない水を買った。相手の方はただ単に立ち読みに来た客と思っていたらしく、僕が買い物をしたことに少しひるんだ。やはり立ち読み客を追い払うための言葉だったらしい。そうでなくてはあれだけ険のある物言いはしないだろう。
注意する時はこちらを睨みつけていたくせに、買い物をしている時は目もあわせなかった。
『勝ったな』
心の中で僕は一人満足げにうなづいた。
買い物をした時点で負けではないのかとか、オレなら無視して立ち読みし続けるね。とかいろんな意見もあるだろうが、この辺りは売り言葉に買い言葉。作用反作用の法則である。この年でそんなストレスの溜まるやり取りはめんどくさい。
相手の言い方からして相手に嫌悪感を抱かせるのが目的らしいというのがなんとなく伝わってきたので、わざと丁寧にして予想外の方向からボールを打ち返してみただけのことだった。
これがよく飛んだ。
バツが悪くなったのは店員の方だった。あんなにきつく言うんじゃなかったと少しきまりが悪そうだった。
丁寧さは武器であると言う人がいる。
権力や金、あるいは本物の武器を持たない人間にとって「礼儀正しく振る舞う」というのは、そうした脅威から身を守る手段なのだという話だ。言いがかりや因縁をつけられなければ相手を攻めることは出来ないし、相手がへりくだっていると勝つ必要もないからである。
これは今の時代において特にそうではないかと思う。でも人間は不思議なもので自分の自我をなかなか捨てられない。多くの仕事場において一番仕事をする上で障害となるのが個人の性格だという話を聞いたことがあるけれど、まったくその通りだ。
しばらくつかの間の職場ではあったけれど、人間関係を見られる所にいれてよかったと思う。時折人と会話やコミュニケーションをとる場にいないと、こうした切り返しもさっと出来なかっただろう。人間同士というのはなかなか難しい。
その後、僕は別のコンビニに入って買い物をしたのだが、そこでレジをしてくれた中国人の女の子にお金を手渡そうとすると、「こっちに入れて」と言われて金銭皿を指差された。
やれやれ。
どこに行ってもである。
soundscape
by itr-y
| 2010-06-21 08:38
| 日常