2010年 07月 15日
曖昧な現実 |
短期での仕事が終了して、一息ついたのもつかの間、あれこれと準備をしているうちに雑事に忙殺されている。つまらないことでイライラしている。こちらから金をとる人間は仕事が速いが、こちらに金をよこさなくてはいけない人間はレスポンスが遅い。
今日はそんな人間の一人とやり取りをし、非常にぐったりとしてしまった。
それ以外にも朝から下らない出来事があって、それにもイライラさせられた。世界は意地の悪い人間と偽善者で成り立っていると信じたくなるような話だ。ほんのささいな出来事なのだが、胸くそ悪い気分になった。そしてお世話になっている人にも迷惑をかけてしまった。
本当にイライラする。
そんな風にイライラする1時間ほど前、今朝のニュースでipadの話が出ていて僕はまだきげんがよかった。燃えるゴミを出す前の話だ。
スタジオジブリの宮崎駿監督がipadについてコメントをしていた記事なのだけど、今回はわりと宮崎監督と意見があった。もうすでにコラムとしてもうしろの方に行きつつあったから、みんなの興味も10時間ほどで失せてしまったらしいが、宮崎監督がipadにたいして、すごく否定的な発言をしていたという話題である。
この間、友人と話していてipadを買うかどうかという話になったのだけれど、僕個人の意見としては「おもちゃとしては面白いかもしれないが、あんまり自分には役に立たなそうだな」ということだった。
GoogleMapのGPS機能とか、ちょっとネットを使える機能とかは多いに便利ではあるけれど、処理能力や操作性を考えるとパソコンの方がいいに決まっているし、容量も大きい。あのタッチパネルは未来的だけれども、それが自分の創作性を伸ばしてくれるかというと、そんな風には思えない。
もちろんまだ持ってないから何も言えないのだが、僕個人の意見はそうだった。売り場で触ってみたりもしたのである。でもあれを買うメリットって今はあんまりないと思っている。ipodだってメモリが150GBまでになってからようやく購入した。ポータブル機器の電池の消耗が激しいのはいちおう電子工作をやっていたので知っている。音楽を再生するだけならまだしも情報処理にはエネルギーがいる。あまりみんな意識しないことだけれど、そうなのだ。僕らだってものを考えると腹が減る。他人との情報のやり取りにフラストレーションを感じるともっと激しく腹が減る。そんでもってほかにもすり減る。
そうなのである。
情報を大量に処理したり保存するにはともかく、自らアイディアを起こして形にしてゆくことは情報端末にはできないのだ。アイディアを促す促進剤や触媒ぐらいにはなってくれるかもしれないが、それ自体では創作は出来ない。当たり前の話だが、何もない所からものを作ってゆくというのはとてもエネルギーがいる。それはバッテリーや食料だけでは到底まかないきれないエネルギーだと思う。
例えばこのブログを書くとき、僕はパソコンに向かっている。
当然ながらネットをつないでいるわけで、書く途中、様々な所に寄り道をする。情報の確認、記憶の確認。参照先へリンクをはったり、様々なデータにコンピューターからアクセスして情報を得ている。ネットになにがしかの情報があるとそれを参考に記事を書いたりする。今回のこの記事もそうだ。ネットニュースに載っていたコラムをもとに書いている。本当にそんなことがあったのか、ネットをまさぐる以上の確認はしない。調べようがないからだ。
もちろん厳密には調べようがある。じっさいにジブリに電話したり、宮崎さんに会ってみようとするのもいいだろう。会えなかったら記事を書いた人のほうに会えばいいかもしれない。少しはその記事の背景に関して触れることが出来る。調べようと思えば出来る。その際、ネットは大いに役に立つだろう。ただそれは使える人にとってはの話だ。
以前にサウンドアンドレコーディングマガジンでipad特集をやっていたから、試しに雑誌を買ってみた。面白そうなアプリケーションがあれこれとそろっていて、そのどれもが高性能な機能と柔軟な操作性を兼ね備え、手頃な価格でラインナップされていた。表紙になっていたのはKORGのELECTRIBE、ipadバージョンだった。本来、真空管のついたデジタルシーケンサーだったエレクトライブが、タッチパネル上で操作が可能になっていた。なるほどこれは欲しくなってしまう。価格も非常に手頃で、確かに欲しくなってしまうものだった。でも、終わりの方まで読んでみて僕は記事を書いたライターが「なるほど、音楽『らしきもの』が出来上がってゆく感覚は他にないものだ」と締めくくっていて何となく笑ってしまった。
たぶんリットーミュージックのこのライターさんには、あくまでもおもちゃにしか見えなかったわけである。音楽らしきものなら現在、世の中に溢れかえっているけれど、生身の鮮度のいいものって最近はずいぶん少なくなってしまった。音楽ライターだけにそう言う所には敏感なようだ。
以下エキサイトニュースコラムより抜粋
「そのゲーム機のようなものと、妙な手つきでさすっている仕草は気色わるいだけで、ぼくには何の感心も感動もありません。嫌悪感ならあります」とバッサリ。これに対してインタビュアーは、インターネットに接続して資料を探したり、欲しい文献をすぐに取り寄せることができると切り返した。
すると、さらに追い討ちをかけるように、「あなたの人権を無視するようですが、あなたには調べられません(中略)。世界に対して、自分で出かけていって想像力を注ぎ込むことをしないで、上前だけをはねる道具としてiナントカを握りしめ、さすっているだけだからです」と、『iPad』とともにユーザーを全否定するような発言をしている。
また、「一刻も早くiナントカを手に入れて、全能感(ぜんのうかん)を手に入れたがっている人は、おそらく沢山いるでしょう」と、購入の動機にまで発言が及んでいる。
「上前をはねる」という表現はなかなか言いあてているなと思った。
確かに、これさえあれば、みたいな所に人間は弱い。僕はあくまでも音楽を目指そうとしている人間なのでこの感覚がすごくすごく良くわかる。あのギターさえあれば、あのソフトさえあれば、あのインターフェースがあれば。自分ができないことしないことへの言い訳が「モノ」に帰結してしまうのだ。今、自分の手元には、世界中のプロのスタジオで使われているProToolsというソフトとインターフェースがある。LEと呼ばれるアマチュア用のものだが、これを使えば誰でも簡単にプロのクオリティで自宅録音が出来るというスグレモノだ。実際にそれ相応のクオリティがあり、音もいい。しかし、購入して5年近くたつけど、自分が納得のいく作品を作れた試しがない。
何度か試してみたけれど、どうやってもダメなのだ。
僕はなんどもギターを録り直し、マイくの前で声を張り上げ、口角引きつらせながらレコーディングを続けた。何度やってもダメだった。リズムはあわない。音程は狂ってる。曲は冗長で無味乾燥。痛々しいほど音痴な声と、意味のない歌詞。
僕は疲れ果てて最新のピカピカの機材を前に膝をつき、茫然自失となった。
なんてこった。なにをそろえてもだめじゃないか。何がいけないというのだ。いったい何が。
自分以外の何者でもなかった。それを認めるのに何年かかかった。と思う。今でも認めたくないけど、何十万もかけて構築したシステムが教えてくれたのは、自分の無能さと才能のなさだった。たかが何十万かの出費でそこまで気づけるのなら安いものなのかもしれないが、それゆえに僕は宮崎さんの言葉には大いに賛同してしまう。紙にかけないものは存在できないし、口ずさめないものは曲にならない。バーチャルなものが与えてくれる感覚はあくまでもバーチャルでしかなく、本物ではないのだ。
この当たり前のことを「実感をともなって」理解している人って実は少ないんではなかろうか。
生きた魚をこの手で殺すあの感じや、殴られて蹴られて這いつくばる感覚。炎天下、倒れてしまいそうな中を延々とペダルを漕ぐあの感じ。タッチパネルでは到底体験できはしない。ネットで調べものをするにしても、ある程度以上になると自分からアクセスして本質に近づけることもあるが、それほど興味のない話題や事柄なら、検索のせいぜい2、3件をパラパラとめくってわかった気になるのがオチである。そして検索エンジンにヒットしないものは、その人の中で「存在しないもの」となる。
情報が多すぎて、切り捨て型の人間が出来上がる。
人間がホモジナイズ(均質化)されてゆく。
もっというとコントールしやすくなる。すぐにわかった気になってくれる人間ほど操りやすいものはない。当人はそれには気づかない。
創作には血を流す必要がある。先日、昔書いたうわごとのような歌詞が段ボールの中から出てきて、それを見て感慨深いものがあった。そこにあった詩はどれも稚拙ではあったけれど、端々におやっと思えるような言葉があったりした。とてもじゃないが人に見せられないなあというものもあれば、そのまま発表できそうなクオリティのものもあった。
その頃の自分の精神状態を考えると、少しくらくらした。今あの孤独に再び向き合えるかといわれたら、正直尻込みするだろう。つらい時期だった。自分が失われるか否かの瀬戸際だった。しかしそのおかげで残されたもののなかにはいくつかの美しい言葉があって、ひさしぶりにそれを目にしたことで不思議と元気になることができた。作者当人も勇気づけられてしまうのだから、まあ呑気な話だが。
もはや語る必要もないだろう。「作る」こととは、技術とあるていど距離を置いた所にある。少しあればそれでいい。僕らは均質化されるべきじゃない。
すこしどこか間違うべきなのだ。
soundscape
by itr-y
| 2010-07-15 01:59
| 日常