2010年 07月 29日
夜の道 |
だんだんと出発まで日がなくなってきてしまって、いろんな手続きや後始末に四苦八苦している。少しは余裕があるだろうと思っていたのが間違いだった。時間なんてたくさんあると思っても、いざとなると足りなくなってしまうものである。
車を処分した。
スクラップにしたわけではない。欲しい人を探していたら幸運にも知人の知人にミニを欲しがっている人がいて、その人に譲ることになったのだ。所有していた期間はおよそ2年だろうか。だいたいそんな所になるんじゃないかなと思っていたので、納得している。今の状況じゃとても維持できない。
まだ暑いけれど以前よりは少し乾いた夏の風が吹く中で、車を手に入れた時のことを思い出していた。いろんなものがまだ手つかずの状態で、いろんな可能性に満ちていたような気がする。車を手に入れることでなにかが変わるような気がする。そう思っていた頃だ。
車を手に入れた数ヶ月後、僕は彼といろんな所に出かけた。
家にいるのがつらくて夜中に遠い所まで走った。
初めての道でも、相棒と一緒なら不思議と怖くはなかった。中にいる、というのが良かったのかもしれない。小さなボディの中で亀のように首をだして信号機の色が変わるのを眺めていると、とても小さい小さい生き物になったような気がした。
高速代だってガソリン代だってバカにならなかった。ひやりとすることもあったし、美しい風景に出会うこともあった。それまでは自転車が担ってきた役割を、彼がもう少し遠い所まで視野を広げてくれた。行こうと思えばどこまでだって行けると教えてくれたのだ。
バケツの水をジャバリとかけて古いスポンジで水洗いしていく。水で流しながら手のひらで撫でて、汚れの落ち具合を確認するんだと教えてくれた整備士の言葉を思い出しながら、屋根からボンネット、目玉の辺りを洗った。半乾きになると古いバスタオルを使ってウォータースポットを消してゆく。クーラントを足してブレークフルードを確認し、最後まで完全に乾くのを待った。
「あまり楽しい思い出つくってやれなくてごめんな」
「でも君がいてくれて本当に良かった」
まだすこし汗ばんでいる肌の上からシャツを着て運転席に座ると僕は眼をつぶった。
じっと電話が鳴るのを待つ。
「ねぇ、憶えてる?」
僕はまた彼に話しかける。
soundscape
by itr-y
| 2010-07-29 22:57
| 日常