2010年 08月 15日
手紙の作法 |
「返事は返ってこないことの方が多いんだよ」
「そんなもんかな」
「そうだよ、いちいち返ってこないことを気に病んでたらきりがないよ。君だって返事返さないことぐらいあるんじゃない?」
「そんなことはないよ、オレは全部返してる。返事が返ってこようが来まいが」
「ふうん、そう」
ここ数日、ベルリンの街は寒い。昨日から降り出した雨雲がなかなか立ち退かず、ずうっと降り続くようなことはなくても、下がった気温がなかなか元に戻らない。いくら何でも涼しくなりすぎだ。はじめのうちは涼しくて過ごしやすいとか言っていたのに、ここまで気温が下がってしまうとは思わなかった。短パンと半袖のシャツとモックシューズという軽装できてしまった僕はスーツケースからジーンズと、いちおう用意してきた長袖のシャツを着て、外に行くときはゴアテックスのレインコートを着て歩いた。
英語やらドイツ語やら、あれこれと参考書とノートで散らかった机に向き合って、少し前の姉とのやり取りを思い出していた。
メールの返事が返ってこないと不安になる。
僕に携帯メールというものを教えてくれたのはとある女の子だった。もう母親になっていたから女の子とは言えないのかもしれないが、当時ロクに人と接点を持たない僕を見かねて携帯メールの使い方を教えてくれたのだ。僕は当時ニートだったけれど、いわゆる「引きこもり」ではなく、その逆の「出歩き」みたいな感じだった。
徘徊していたというのがいいかもしれない。お金もなければやる気もないし、することもないので文字通り徘徊していた。そもそもがパチンコに興じたりとか悪い道に入るだけの素質もなかったし(お金がないと悪い道にも入れないのである)、せいぜい缶コーヒーでも飲みつつどこかでぼんやりしたり図書館で借りてきた本を読んだりしていた。
彼女自身が教えたのだからしばらくは彼女が文通相手だったわけだが、何度かやり取りしているうちにメールは返ってこなくなった。鬱陶しくなったらしい。
それならメールのやり方なんか教えないでほしいとその時は思ったけれど、当時のやり取りを思い出すとぞっとするくらいめんどくさいメールを彼女に送り続けていた。思い返すだけで背筋が寒くなる。おそらくその時の自分にとっては彼女が唯一の心の支えだったのだろう。彼女自身、自分にもそう言う時期があったからという理由で僕とメールをやり取りしてくれていたらしいけれど、ほとんどボランティアみたいなものだったと思う。彼女の姿を見てようやく僕は重い腰を上げる決心がついた。だから彼女の功績は大きい。
Lesson1
・あまり頻繁にメールを送らないこと。
その後、特にあまり誰ともメールを送る機会は少なくなってしまったのだけれど、久しぶりに地元の友人達にあったりしてメールアドレスのやり取りをしたりした。地元の友人達ともやり取りをすることはあるけれど、基本的に男友達というのは筆無精である。ただでさえ用件だけすませればいいやという人たちなので、待ち合わせの場所を決めるぐらいにしかメールをやり取りした覚えはない。
僕は気づくと話が長くなってしまっている、という悪いクセがあり、話していても書いていても、前後の関係や、今その場にそぐわないにも関わらず、とにかく知っていることその日あったこととかをとりとめもなくいい連ねてしまう。話が長い人の典型だ。思いついたことを言わないと気が済まないのである。
Lesson2
・メッセージは要点だけを簡潔に
時々、相手の送る分量の2倍3倍ちかい長さの文章を送ることもあった。それはある意味で自分はあなたに興味を持ってますよという主張でもあったのかもしれないけれど、なにも相手がふってきた話題すべてに律儀に応える必要はないわけで、そうした柔軟さも必要になってくると思う。切り捨てることも必要なのだ。むしろ切り捨てる方が大事かもしれない。
Lesson3
・相手の話題に必要以上に反応しない。
次のステップはメールというよりは人間関係の基本というべきかもしれないが、「あまり他人のことについて言及しない」言い換えれば、人の悪口を言わないということだろう。
人間不思議なもので、好感よりは嫌悪感の方を抱きがちだ。テレビに出てくる芸能人に対して「あのタレントムカつく」とか「この俳優は好きじゃないとか」言う必要もないことを延々としゃべっている奴はいるけれど、いったいお前は何様なのかと言いたくなってくることがある。たとえ芸能人と言ったってじっさいに実在してお仕事をしている人なのに、テレビとかに出ている所しか知らないくせに平気で悪口を言うのだ。
僕はこういうことを言う奴が好きではない。
でもまあ、ごく一般的な感覚としては芸能人の悪口を言うのは、他愛もない日常的なことなのだろう。周りを見てみても、あまりそう言うことに嫌悪感を抱く人間というのはいないようである。解せない。
むしろ彼らにとって問題なのは、「知っている人間と」か「近しい人間」に対する悪口なのかもしれない。例えば職場の同僚や上司に対しては不満を抱きがちになる。でも仕事としてやっている以上、表向きは笑っていなくてはならない。でもでも仕事としてやっている以上は不満を抱くのはほとんど避けられない状況になる。
職場の人間関係を良好に保つため、表向き顔に出さない、言わない、というのがマナーになってくるわけだが、飲み屋だとかでどこかしらでその感情を解放してやる必要がある。この解放する場所をきちんとわきまえて、ごく親しい友人にだけ気持ちを打ち明けるのが日本的、人付き合いの基本の「き」である。
僕はこれがダメだった。
思ったことをわりとすぐに口に出してしまうし、なにか上手くいかないことがあるとすればきちんと向き合って話し合いをするべきだと思っている節がある。こういう人間は鬱陶しがられる。「まためんどくせえこと始めやがって」と見なされる。
会社にいた時に、どう考えても改善しなきゃだめだろうと思っていたことがあって、職場の会議で議題に出してみたことがあった。言うべきときではなかったのだろう。僕の意見は黙殺され、それ以来僕はことあるごとに嫌がらせを受けるようになり、仕事がやりづらくなった。
Lesson4
・自己主張はしちゃいけない。
相手に受け入れられてもらうことを前提に話を進めすぎたと思う。その他にも改善するべきことはたくさんあって、職場の上司にむけてレポートを書いたことがあった。これが部長にえらく評価された。「こういう考え方をする人に会社にいてほしいんだが」とまで言ってもらったことを、後に親しかった総務課長さんから聞いた。最高の賛辞だと思う。でもしかし、その頃には僕は会社を辞めることを決めていた。半ば遺言書のような気持ちで書いたレポートだった。
役員や他部署の部長さんにまで引き止めてもらったから本当にありがたい話だと思う。でもオレを引き止める前に、あのどうしようもない現場をどうにかしろよと内心思っていたりした。下手に現場に口出しできない雰囲気というのもあったのである。僕は心からのお礼を言い、彼らに引導を渡した。
「一生やっててくれ」
Lesson5
・タイミングは外しちゃいけない。
まあ、そんなわけで今に至るわけだが、社会のと関係を持てばメールや電話のやり取りは不可欠になる。僕が一番苦手なのは人間関係なのは今も変わらないが、一人で生きていこうとすればするほどそこから逃げることはできなくなりつつある。皮肉なものである。
その点、音楽それ自体はあまり利害関係的なこととは無縁である。まだ仕事にしてないからだろうが、少なくともよい演奏をしようとすれば、いったん自分の頭をリセットしなきゃいけない。心を無にするというやつだ。
先日ギターが修理から返ってきた。
LRBaggs、のピックアップがついた相棒は、以前よりも頼もしく見えた。あとはもうプラグインするだけである。
Lesson6
・返事は必ず返そう。
soundscape
by itr-y
| 2010-08-15 18:53
| ベルリン