2010年 08月 16日
ガドゥーカ弾きの老人 |
いつもより少し足を伸ばしてみた。今回は自転車がある。これは機動力で言うとジムとズゴックくらいの差がある。オンボロの自転車ではあるけれど、いちおうそれっぽい格好はしているし、走れるので試しにちょっと地図無しで走ってみることにした。
地図無し走行というのは自分の中の土地勘を養うのに非常にいい。忙しい現代人はそんなことをする余裕はないだろうけれど、方向感覚だけを頼りに走ってみるのはとても面白い。ある程度こういう風に回ろうと決めると僕はいつもは走らない道を走り出した。今、僕は暇人なのである。
ベルリンは小さい街なので、少し走ると田舎のような街並になる。いちおうショッピングセンターとかもあるからそれほど田舎ではないのだろうけれど、こないだまで文京区に住んでいた身としてはもう地方都市そのものに見える。なかなかのどかでいい。あとは所々に教会があるのもいい。どこ教会もデザインがきれいだ。
延々と走ってゆくとハイウェイの入り口みたいな所に来てしまったので、そこから道をそれて少し違う道を走っていた。鉄道の建物なのだろうか、古いドーム屋根の廃墟が線路の脇に残っていた。風が吹いて中のカビ臭い匂いが一瞬よぎった。
北側に進んでいったので、半時計回りに回ろうと思い今度はテーゲル空港の方を目指す。ベルリンの市内からテーゲルはさほど遠くはない。だいたいこっちの方かなと当たりを付けて再び走り出す。途中、コスプレをした若者達に出会った。日曜だからかもしれないが、なにかイベントでもあるのかもしれない。個人的にはカカシ先生の格好をしたお兄ちゃんがよかった。外人がやるとはまる役はマンガでは多い。
そこからテーゲル周辺の水辺を散策して、ティーアガルテンから再びベルリン市内に戻る。こういう時ウンターデンリンデンの大通りは非常にわかりやすくていい。
フリードリヒ通りから、いつもの道を通って返ろうとすると、ドゥスマンの前あたりで不思議な楽器を弾くじいさんに出会った。あまり人だかりはできていなかったけれど、僕はその楽器が奏でる不思議な音色と姿に興味を惹かれた。
じいさんが演奏を終わると「これはなんと言う楽器なんですか?」と訊いてみた。
「ガドゥーカ(Gadulka)」
とじいさんは応えてくれた。
ガドゥーカはブルガリアの楽器なのだそうだ。小さいボディにメロディを奏でるためのメインの弦と、高音域で共鳴させるための細い共鳴弦がついている。なんとなく手作りっぽいなと思っていたのだけれど、やっぱりじいさんが自分でつくったものらしい。良くできている。
サイズがちょうどよく、持ち運びに便利そうだなと思った。ギターはもちろんのこと三味線も胡弓も、他の楽器もすべて持ち歩くのは不便だ。トランペットやバイオリンなら運べるけれど、ああいう中型の楽器になればなるほど、演奏するのは難しい。バイオリンやトランペットをソロで耳障りにならないように演奏できる人は相当の手練だ。
その点、この楽器は共鳴弦が張ってあるおかげで、高音域の耳障りな部分をすこし和らげてくれていた。不思議な楽器だ。ブルガリアの音楽というのは一般的に遊牧民とか農民達の音楽がベースになっていて、少し東洋的な響きもあるけれど、西洋的な音階のアプローチの仕方もあり、聞いていて飽きない。次のメロディはこう来るだろうという予想をよい意味でいつも裏切ってくれるのだ。それが生み出す浮遊感はちょっと他の民族音楽にはないものである。
じいさんは適当にメロディを弾いている感じだった。人通りが多くなるとせわしなく弾き始め、少なくなると適当に間を繋いでいた。いくらでも弾けるみたいだった。そのかわり曲というよりも延々と続くBGMのような感じだった。あくまでも商売でやっているのである。
僕ははじめに1ユーロを払って撮影の許可を得たのだけれど、聞いているうちに並べてあるCDを聞いてみたくなって一通り聞き終わると並べてあった3枚のCDのうち一枚を買うことにした。2枚組で15ユーロ。最後にじいさんは僕に「日本人か?」と訊いてきた。「はい、そうです。私はギター弾きなんです」と答えた。
あまり長居をすると失礼だと思ったので、じいさんにお礼を言ってそこを後にした。
そして問題のCDなのだけれど、帰ってから聴いてみたらこれが大当たりだった。
おそらく民族音楽とかを聴き慣れない人にとってはつらいかもしれないが、ふだんブルースとかにうんざりしている僕にとって、クラシックでもない、ポップでもないこの不思議な旋律はとてもワクワクするものだった。なんとも形容しがたい旋律である。収録されている曲は、おそらく以前にとてもきちんとした環境で録音されたものだったのだろう。じいさんの演奏だけでなく、バックにパーカッションやストリングスも入っていて、ひとつひとつがまとまってヴァリエーションに富んでおりとても聴きやすかった。
これで2枚組なら言うことはないなと思った。
じいさんの名はStefen Daskalos 。
実はすごい名演奏家なのではないのだろうか、とふと思ったりした。そう言う人がゴロゴロしているのもベルリンのいい所である。
そんな素敵な日曜日。
soundscape
by itr-y
| 2010-08-16 19:45
| ベルリン