2011年 03月 04日
ハンバーグ |
現在、WGと言って何人かの人間とルームシェアをしている。
僕以外にも借り主の人を含めて3人が暮らしているのだが、最近僕はこの共同生活にストレスを感じ始めている。
理由はいくつかある。
ひとつは物理的な理由。典型的な東ドイツのノイバウで家が小さく古く、狭いこと。もっともドイツの場合古いことはまったく問題にはならないのだが(れんが造りなので築100年以上はざらだ)、狭いアパートには多くの人が出入りして、わりとドタバタうるさい。またやけに音がよく響くのでキッチンで誰かがしゃべっていると声が部屋までよく聴こえてしまう。なおかつ、すぐとなりにバスルームがあって誰かがシャワーを使っているとこれもよく聴こえる。そして凄まじい轟音を立てて洗濯機が脱水をし続ける。こっちの洗濯機は日本の洗濯機に比べて洗い終わりまで恐ろしいほど時間がかかる。2時間ぐらい洗い続けてるんじゃないかと思うくらい回っているが、たぶんその間一本映画くらいは観られる。時短30分なんてたぶん絶対無理である。探せばあるのかもしれないが、5件近くの違う家に住んでみてまずどこの洗濯機も時間がかかった、仕事が遅いのである。
まあしかし同居する以上は多少の我慢は仕方ないと思ったのだけれど、問題点はまだあってもうひとつは家中がまずとても汚いと言うことだ。
同居人が自分以外すべて基本的に掃除というものをしない人間であるらしく、部屋の中はあちこち埃だらけで、隅の方に髪の毛や汚れが集まっている。リノリウムの殺風景な床は台所もカーペットなどもなくそのままだけれど、水回りの汚れが特にひどく、歩くとスリッパがベタベタ言うくらいに汚れていた。
バスルームに関しても同様で髪の毛と埃が堆積して来たときはひどい有様を呈していた。バスルームには洗濯機が置いてあり、トイレも付いているのだけれど、この洗濯機の排水ホースがなぜか配水管につながっておらず、使うときは宙ぶらりんになっているホースをバスタブにつっこんで使うという使い方をしているそうで、最初にそういう風に使うように教わった。ただこの排水のおかげでバスタブにはドブ川のような茶色の汚らしい水跡が付いていて、排水のふたには埃と髪の毛がここにもびっしり付いていた。
まあ考えてみれば当たり前で、洗濯機の排水だから洗濯物の繊維がすべて排水に流れてしまうのである。それが乾いてしまうと繊維は空中に飛んであっちこっちに積もってゆく。要はそういうことであちこちが埃まみれになっていたらしいのだ。なおかつ女性も二人住んでいるので髪の毛の落下率は非常に高い。たぶん気をつけてはいるのかもしれないが、いくら気をつけたところで髪の長い女の人と住む限り髪の毛が落ちないということはない。案の定シンクは水が流れにくく、普通に使っているとすぐに水たまりになった。
そのバスルームのトイレも惨憺たるもので、ふだんは誰も使っていないのがよくわかるほど汚れていた。便器のまわりにも埃がびっしり付着していたし、最後に使ったとおぼしき痕跡も残っていて凄まじい汚れ具合だった。
僕はこの家に来た時に間髪入れずにバスルームを掃除した。まずバスタブを徹底的に磨き、床にシャワーで水を撒き、デッキブラシで掃除して隅々まで埃を払い流した。排水口に集まった髪の毛をトイレットペーパーで取り除き、便器にも水をかけて埃も汚れも洗い流した。排水口のつまりは止水弁を外して、下のゴミ受けを掃除した。なかなか出てこないので四苦八苦したけどそれもそのはずで、引っ張り出したものには髪の毛と埃がやはりヘドロのようになって堆積していた。ここまで水が流れなくなってもまったく意にも介さない同居人のその神経にほとほと感銘を受けた。
掃除はそこだけでは済まなかった。
あのベタベタのキッチンをどうにかしなくてはと思い、バケツとモップを使ってあっちこっちを拭いて行った。このキッチンの床の汚れはしつこく、中性洗剤を溶かしてごしごしと洗って行ってもなかなか落ちなかった。すごい汚れだ。たぶんずっと掃除していなかったんだろう。黒い汚れがキッチンの床を全体的に覆っている。ふうふういいながらなんとか全部拭き終わる頃には日が暮れている。床だけにとどまらず、ふだんからよく使う所。特に食器棚の取っ手まわりや冷蔵庫の扉。そう言った所も色が変わってしまうほどその周辺が手あかで汚れていた。何をどう使えばこんなに汚れるのか。それがよくわからなかった。僕が日本で一人暮らししていた時だって食器棚の扉なんて掃除しようと思ったことすらない。別に汚れやしないからだ。明らかに「調理中何かが付着した手で扉を開けている」としか思えない。そんなに手が汚れてたらまず開ける前に手を洗おうと思わないのか。
ええい、毒を喰らわば皿までである。そのまま僕はキッチンから廊下までをモップがけして行った。そのぐらいやっておかないと家全体に積もっているホコリを全部取りきれはしないだろう。もちろん最初に掃除機をかけてからやった。ずいぶんマシになったと思う。あといまだに掃除していない所はトイレである。入ると小便の臭いが充満しているのである。ここはもう気力がついえたのでまだやっていない。そのうちやらなくてはと思いつつそのままほったらかしてある。
もうひとつの難点はズバリここのおかしな同居人達である。
こんなに家が汚くなるまで放っておく人々なのでまず普通の人間ではない。僕とてそんなに人のこととやかく言えた義理ではないけど、まあちょっとはマシな部類には入れてもらえるんではないだろうか。ただ,ひとつしょうがないかなと思うのは彼らは僕以外全員が学生さんで24、5才くらいの若い人たちということである。(ドイツは20代半ばまで大学生というのはわりと普通)一人暮らしの経験がないことと、社会経験がないため他人に対する気遣いというのがまだ身に付く前の年齢なのだ。日本語のわかるドイツ人と日本人の女の子が住んでいるのだが、借り主のドイツ人と女の子の一人がつき合っているので、どこかこう二人の家にお邪魔しているという感じになっている。もう一人の女の子は、排他的で口の悪いその彼女といい人なんだが気難しいドイツ人の彼と顔を合わせたくないらしく、日中だろうが夜だろうが滅多に部屋から出ることはなく、あとは外出しっぱなしでふだんほとんど顔を合わせない。同じ家にいながらこのひと月で3回しか姿を目撃していないから、たぶんよっぽど顔を合わせたくないんだろうなと思う。その理由は簡単で、借り主カップルの性格があまりよろしくないのである。
同じ家に住んでいるんだから顔を突き合わせるのは仕方のないことなのに、彼女は彼と一緒に話をしている時にその空間に入ってこられることを極端に嫌がる。
ダイニング兼キッチンが共有スペースとなっているのだけど、料理をしたり食事をするときは必然そこに行かざるを得ない。同じ場所にいるのだから二言三言交わすわけだが、なんだかギスギスする。オレのこと嫌いなのかなと思いきや、キッチンに僕と二人でいるときはわりと普通に世間話はする。別にそう言うわけではないようだ。ただなんとなく居づらいのは、彼女が彼とそこにいて話をするときは、自分がここにいるにもかかわらずまるでいないかのように振る舞われてしまうからだろう。それはちょうどぴたりとかみ合っている歯車の中に、ひとつギヤ比の異なる歯車が飛び来んでゆくような感覚で、触れたとたんガリガリと音をたてる。
二人だけで完結している世界なのである。そこには他人の入る余地がない。
あともう一点。このドイツ人の彼はドイツ人の中でもちょっと変わっていて、基本とてもいい人で頭もよく人当たりもいいのだが、あちこちかたくなに頑強で偏屈な所がある。扱いにくいのだ。
日本人でも話をする時にとかく人の話や意見をまず否定してしまう人がいる。僕もどちらかと言うとそのタイプなので人と話をするときは気をつけるようにこの年になってから気をつけているが、彼はまぎれもなくそのタイプで、感心するほどすべて否定返しをしてくる。大したことはないのだ。「いや、〜っていうかね」「〜というよりも」というのを毎回繰り返すわけだが、こういうやり取りははっきり言って疲れる。話し終わった後に体の中にぐったりと疲れが残るのである。別になにか悪口を言っているわけではない。物知りな彼はドイツのニュースを解説してくれたり、いろいろと小ネタを教えてくれたりするので僕はふんふんと聞いていたりするのだが、聞いているうちにその衒学癖(げんがくへき)にいい加減食傷気味になってくる。
もうやめてくれ。
しまいにはそう口走りたくなる。
くわえてそんな彼は非常に電気と水とフライパンに神経質である。
この家の廊下は暗い。お互いに干渉したがらないアナグマのような留学生と他人が嫌いな彼女さんと偏屈な彼。全員が昼間からずっと自分の部屋のドアを閉めているので、外が明るくても電気をつけなくてはいけない。本当は廊下には二カ所電灯がつけられるようになっているのだが、ドイツの家は壁から電線がツタのようにちょろっとでていて、そこに自分で壁に穴をあけるなりなんなりして電燈をつける造りになっている。奥側の方には電燈が取り付けられておらず非常に暗い。そのためなのかなんなのか、角のコンセントにはセンサー式の足下ライトが取り付けられていて、それが黄色い寒々しい光で一隅を照らしている。
当然、僕は廊下のライトを付けて進むわけだが3分も廊下の電気を付けたままにしておくと、神経質なドイツ人の彼はドタドタと足音荒く出て来てバチッと電気のスイッチを消すのである。まだそっちに行く用事があるから付けっぱなしにしていたのに、突然ドタドタと出て来ては電気を消す。どうも電気は無駄に使うなと彼一流のスマートなメッセージのようなので、仕方なくそれにならってこれ見よがしに僕もなるべくぱちぱち電気を消すようにした。
水道に関しても同じで僕が料理を作っていて、水道の蛇口からポタポタ水が垂れていたとき、彼が突然テーブルから立ち上がりドタドタとこっちに来て蛇口をキュッと閉めてことがあった。
「ああ、ごめんごめん」
と言うと、返事はない。
いちいち感じが悪いのである。
他にもテフロン加工のフライパンには彼は敏感で、以前フライパンを使った後にジュウと水に付けたら「アアアーーー...」と声をあげた。
なんでもまだ熱いままフライパンを水に付けるとテフロンが痛むのが早いと言うのである。
「ああ、ごめんごめん。気をつけるよ」
「......。」
その他にも炒め物をしようとフライパンを熱して暖めていたら、
「やっぱり日本人はフライパンを最初に熱くしてからやるね」
と言って来た。
「ドイツではそうしないの?」
「.....」
いちいち感じが悪いのである。
まあ多少は大げさに書いたけれども彼の神経質さはシャワーヘッドにも及んで、僕がシャワーヘッドをきちんと元のホルダーの位置に戻していない時なんかはひどかった。突然部屋にコンコンとノックをして顔を出し怒った様子で、
「ねえ、なんで、シャワーのやついつもあそこにかけるの?」
「ん?シャワー?」
ちょっと驚いて聞き返すと
「なんで、いつもあそこにかけてるの?」
とまた続く。なにかすごい剣幕だったので一二もなく、
「ああ、ごめんね。元の場所に戻してなくて」
と謝ると、
「あれはちゃんと元の場所に戻して。今まで落っことして2回くらい壊したから」
と言ってもうこれ以上イライラさせるなという様子で去って行った。
僕はしばらくきょとんとしていたのけど、でもよく考えたらシャワーヘッドを壊したのは僕じゃないし、そもそもそれまでにそこに引っ掛けていたことで壊したエピソードなんか知る由もないのである。それを今ここでオレに注意されてもなあ、と。よく考えたらじわじわ腹が立って来たのであった。
そんな感じで共同生活には色々と苦労が多い。
みんな悪い人ではないのだが、悪い人ではない人たちが一番質が悪いのはまあこの世の真理である。そんな気難しいドイツ人の彼はいつも同じような食事ばかり作っている僕を見かねて
「...ところで,いつも同じようなもの食べてるよね?もしよかったらこないだ作って冷凍してあるハンバーグあるから食べてもいいよ」
と言ってくれた。とりあえずありがとうねと言っておいたが、彼は彼でいつもハンバーグしか作らないのである。
soundscape
by itr-y
| 2011-03-04 19:29
| ベルリン