2011年 06月 07日
雨上がりの夜空に |
目は口ほどにものをいう。
先週の水曜の晩から何も喉を通らず、結局二日間飲み物以外口に出来なかった。
気がついたらこっちに来てからベルトの穴ひとつ分やせていた。鏡を覗き込むと親父に似て来た自分がいる。
あの晩、蔑むような視線にあって精神的にやられてしまったらしい。心の方はそれほど動揺していなかったけれど体は心よりも正直だった。ストレスでなにも食えなくなった。ひどくプライベートな、しかもくだらない話である。でもあの日僕に投げかけられた視線は古い記憶を呼び起こすのには十分だった。嫌な感触が胃の奥によみがえり吐き気を催した。そして太ももが気味の悪い痙攣を起こす。
やめてくれ。それだけはやめてくれ。そう思いながらあの晩は帰った。
ずっとそこを後にする機会を伺っていたのに、帰るタイミングを逸してしまい、僕は間抜けにもそこに居続けた。早く帰るべきだった。そしておそらくは最悪のタイミングでそこを後にした。彼女が何を考えていたかはわかる。でも僕はそうじゃないんだと言いたかった。
そこに居合わせたのは偶然でなにもそうしようとしていたわけではないのだと。
ひょっとしたらその晩も以前に彼女が言ったように、責めるような視線で僕は彼女の事を見ていたのかもしれない。あの晩彼女が僕を見たような視線で、僕は彼女の事を見ていたのだろうか。いつも弱い心を隠してくれた帽子を失って、僕は巣を追われたアナグマのように太陽に目を細めて呆然としている。
一体何がいけなかったのだろう。何も悪くはなかったようにも思えるし、すべてが最初から間違っていたようにも思える。僕の取った行動も間違っていたのかもしれないし、おそらくは彼女の曖昧な態度も問題だった。僕の目が無意識に相手を睨みつけていたのと同様に、その人にとっても自分の行動は無自覚だったのかもしれない。頭ではどうするべきかわかっていても僕の体はそれとは裏腹に動いた。本音と建前が絡まり合っていた。そして僕は足をもつらせてそこに倒れ込んだ。
年を取る事で何かいいことがあるとするならば、心の回復が早い事だろう。しかしそれでも2日間は必要だった。しょうがねえだろ、考えたって。あとはもう触らぬ神に祟りなしさ。そう呟いた。
その日、昼間の暑さの代償を支払う形で街は雨を得た。
呑気にすぐやむとたかをくくっていたテラスの女も、次第に激しくなる夕立に降参して店の中に避難して来た。この街でひとたび雨が降るともうそれは嵐となる。打ち付けられて激しく跳ね上がる雨粒。置き去りにされたグラスの中で水が激しくはじけている。
僕は自分の側の窓を閉め、動詞の活用表に日本語訳をつける作業に戻る。キライになりつつある国とキライになりつつある人間の言葉を僕は学び続ける。何かささやかにでも復讐できることがあるとすれば、彼らの国の言葉で彼らを非難することだろうから。いや、うそだな。単に面白いのだ。最近。机の上にはミヒャエルエンデの「モモ」が置いてある。ドイツ語の原著だ。この本のドイツ語は子供向けながらとても流麗で美しいとある人が言っていたのである。この間、その足で近くの本屋に行って買ったのだ。
気がつくと雨はやんでいる。僕はペンのキャップを閉めて4人がけのテーブルに広げていたノートやら参考書やらを片付ける。今日は休みだ。このすばらしい雨上がりの空にくだらない仕事をする必要はないのだ。
それだけでとても満ち足りた気分になる。
soundscape
by itr-y
| 2011-06-07 08:42
| ベルリン