2012年 01月 15日
ピクルス |
ちょっといろんなことがあった。僕の予想は悪い方向にはたいてい当たる。いい事はあまり予知できない。それは生きやすいのではないかと思う人もあるかもしれないが、本人にとってはあまり嬉しくない。それでもいろいろと準備して来た事をやらなければと、身の回りを片付け始めている。まるでこれから自殺でもしそうな感じだけれど、なかなか片付かず、このままでは樹海へ行くのも来年の4月くらいになりそうである。
10年分溜まった過去が狭い部屋にはつまっていて、大方どうでもいい事だが、ひとつひとつをとってみると山のような失敗と思い出したくもない過去と、あたふたとのたうち回ってばかりいてまったく状況を理解できていない若かった自分がそこにはいて、ひとつひとつをめくっているうちにどんどんぐったりしてしまった。「過去はすべて捨てよ」とマジックで大書きしていらないものをどんどん段ボールに放り込んでゆくのだが、あきらかに捨てない方が良いものもあったりしてそれをシュレッダーにかけるか否か迷っているうちにどんどん時間が過ぎて行った。整理している時間より選別している時間の方が長い。捨ててはいけない過去だってそれなりにある。2008と書かれた手帳をペラペラとめくっているうちにそう思い始めた。
今日は階下に住む地元の古くからの友人の家に遊びに行った。
きのうの昼頃メールを送り、「明日ヒマかい?よかったら遊びに行ってもいいかな?」と訊いたのだった。医者の卵として彼の意見を聞きたかった。来月、東北に行こうとしているのだ。なにか注意事項はあるか。そして情報源として信頼できるものや、彼が参考にしているものを訊きたかった。ほとんど手ぶらでふらりと出かけ、僕はお昼をごちそうになりおたがいの近況や家族の事、その他いろいろ話した。
彼は昔からとても優秀な人間である。日本における最高峰の医学部に進み、医者になるべく奮闘していたものの、エリートとして生きて来た彼は幼い頃から受けた来たそれまでのストレスのせいで体を壊し、そして鬱病になった。本人はそう話した。そして彼はしばらく休学する事になったのだが、ようやく復学し、再び学び始めた。当人にとってはつらい時期だったかもしれないが、その事が逆に彼にいろんなことを考えさせるきっかけとなったようで、去年の暮れ頃、ひさしぶりに会った時彼はそれまでとはちょっと違った顔つきと雰囲気になっていた。
壁を乗り越えたものは強い。
自分のつらい時期を乗り越えた事で彼は人の痛みを理解できる人になっていた。それは医者になるために実は一番必要なものなのだろうと思う。持ち前の優秀さや学力にそうした経験が与えられた事で、彼の知性を本物にしていた。それはとても透明に澄んだ知性だった。
今、基本的に空中を飛散している放射性物質は少ないよ、と彼は教えてくれた。そして福島に行くのだとしても、それが一日や二日であったらそれほど心配するほどの影響は出ないと思う、と教えてくれた。ヨウ素は半減期が短いし、今、主にあちこちで検出されている物質は地表面に付着するセシウムなどが多いから、まずそれほど吸い込む事はないと思うと彼は言った。
まあ確かにそうだなと思った。そしていくつかのお勧めサイトを彼は教えてくれた。彼がよく見ているというものだ。その後、僕は持って来たギターでお礼に少し演奏をした。
小学校の頃から同じ街に住んでいるというのに、彼の家に行くのはよく考えたら初めての事だった。おかしなもんである。そして、家に帰った僕は昨日の晩もらったメールの事を考えていた。良いニュースも悪いニュースも今の時代メールで送られて来る。僕を散々苦しめたクレジットカードも全部連絡事項をメールにしてくれればもっと有用なツールになるのに、クレカはなぜかメールを「危ない」と言って使いたがらないのである。気がついたらすさまじい金額を請求されたり、気がついたら残高不足で止められていたりという事の方が僕には「危険」だと思うのだが、ここでの「危険」は彼らにとってのという事なのだろう。
話がそれた。
どちらかと言うと「悪いニュース」にあたるそれには僕はそれほど心動かされなかった。傷ついても良かったはずだったが、そんなに傷つきはしなかった。ある程度予想していたからだ。やっぱりそうか、と思ってしまった。「そうていのはんいない」というやつである。僕はそれに返事を返した。誤解を招かないように細心の注意を払って。でも、誤解が生じたらもうそれはどうしようもねえなあと思った。それ以上は僕の手に余る。いつだって誰かの誤解を招く事は避けられないし、癇に障ってしまう事だってあるだろう。それを考え始まるときりがない。そのへんの潔さは年齢なりに身についた。
で、どうしたかって?
そりゃあとはもちろん自転車に乗って海辺で缶コーヒーをぼんやり飲むだけさ。僕にとってこれ以上の幸せはないね。ピクルスを一瓶食べながら映画を見るのとおなじくらい。
そしていろんなものを直した。はんだ付けをし直し、ボンドを塗り、やすりをかける。はさみだって研ぎ直した。僕には元に戻すべきものがたくさんある。今まで積もり積もって来たものを僕は処分し、整理し、直せるものは直して次につなげなければならないのだ。少しまた僕にも憂鬱(Blues)の気配はあった。でもそれはあいもかわらず僕自身だろう?そうだ新しいエフェクターを買おう。アンプもいる。機材が必要だ。本当に必要な機材と知識と、ほんの少しの勇気が。
小さく自分を奮い立たせて、冷たく底冷えする街を走る。スクーターに乗ったおばさんはこれでもかというくらい着膨れしていた。そうだろう。そのぐらい着込まなきゃ乗ってらんないよ。だから僕は今日は特にがんばらなかった。そう決めたのだ。
冬はたぶんもっと寒くなる。でも花が咲くのはそんなに先の事じゃない。
soundscape
by itr-y
| 2012-01-15 02:41
| 日常