2012年 06月 20日
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小浜の海岸に僕は寝袋をしいて寝転がっていた。6月の気候はとても穏やかで外も心地が良かったけれど、案の定顔のあちこちを蚊に食われる事になった。それでも外の風は気持ちよく。僕はぼんやりと星空を眺めていた。
いい事が二つあった。
友人に子供が生まれた。女の子だ。ようやく待ちに待ったという感じだった。以前に奥さんが入院している時にお見舞いにも行って、内心どうなる事かと心配していたのだけれど、無事に生まれ、その後の経過も問題ないそうである。ここ何年かで文句無しにうれしい出来事だった。もうひとつは、ベルリンの同じバイトで働いていた後輩がブレーメンの芸大に受かった。素人目にも明らかにへったくそなのに芸大を目指すと周りに宣言していた彼は、そのいい加減な性格とは裏腹に非常な努力家でもあり、周りの人を巻き込みながら、あっちこっちの大学に落ちまくりながらも、見事合格してみせたのである。バカなやつだけれど、彼の有言実行ぶりには感嘆した。
そんな事を出産の報せを聞いたあとで書いていたのだが、書いてる最中にPCがフリーズしてしまうと言う事態に遭ってしまい、泣く泣く書き途中の文章を捨てPCを再起動した。このマックもそろそろ替え時かもしれない。メモリとHDを交換しても良いのだけれど、個人的にはCPU(脳みそ)そのものが古くなってしまうともう終わりだと思っている節があって、そんなものいちいち交換するよりかは新しいものを買った方がいいんじゃないかと思っている。
小浜の街にいたのは帰り道だった。まさかその日の内に帰るつもりはなかったのだが、あまりにもひどい内容だったので帰ることにしたのだ。それでもいい経験だったとは思っている。
きっかけはFacebookでの呼びかけだった。
大飯原発のある福井県大飯町で反原発の集会がある、というチラシを見たのだ。再稼働のニュースを受けて居ても立ってもいられなくなっていたので、僕は思いつきでそのチラシを見た翌日に現地に行ってみる事にした。特に誰に誘われたわけでもない。ただふと行ってみようと思ったのである。
大飯町は乗り継ぎがスムーズに行けば関東からおよそ6時間くらいで行く事が出来る。僕は新幹線で京都まで行き、そこから敦賀、小浜、大飯町へと向かった。日本海側に行くのはそうとうひさしぶりの事であった。以前に行ったのはこのブログを書き始める前の事だったと思う。もう8年くらい前だろうか。あいかわらず何もない空虚な街だった。田舎と呼べるほど自然が豊かなわけでもないし、もちろん都会でもない。ただとりあえず土地があるから田んぼを作り、畑を作った。用水路があり、道があり、民家がある。民家があるから学校もあるし、そこに通う子供達もいる。スーパーがあり,そこで買い物をする主婦達がいる。川の水はそれほどきれいでもない。そもそも誰も川の水の事なんか気にしない。
現地につくと、町全体がなんだかアンバランスな気がした。それほど大きくもない町なのになぜか街頭にオーロラビジョンがある。何かと思ってみて見るとかわいいマスコットが出て来て原発がいかに安全かを力説していた。そしてそれが終わると、町内のあちこちにあるバカでかいリゾート施設を宣伝していた。しばらくそこに呆然と立っていたが、気を取り直して現地に向かった。会場に指定されていた場所からは大きな音がしていて、どこかのバンドが演奏をしていた。占拠活動はもうすでに始まっているみたいだった。
僕はしばらくそのへたくそな演奏を聴いていた。この時点で早くもぐったりしていたのだけれど、気を取り直して僕はそこに来ていた人達に話しかける事にした。
近くの広場ではテントを張って抗議活動をしている人達がいて、すでに公園の一角に10張りほどのテント村が出来上がっていた。しかし、なんとなく盛り上がらない感じでもあった。近くにテントを張っていた男性二人は山口から来たと言う。他にも大津や、和歌山から来たという人もいたけれど、千葉から来たというのは僕ぐらいだった。公園の丘に上にはなにやら大きな塔が建っていて、その先端の部分に子供達の像が建っている。3人は天に両手を突き上げてなにやら球体を掴まんとしている。塔の下にはプレートがあって、「『パワリン』エネルギーと自然の融合の象徴」と書かれていた。
何人かの人達が出て来ては演奏をし、演説をぶった。
ヒッピー風の格好でブラザートム似の怪しげな男は「僕は原発と大麻という、日本のふたつのタブーを打ち破りたいのでぇす!ワッショイ!!ぼくはだじゃれが好きなんですね。『和』を背負うと書いてワッショイ。僕はこれを合い言葉にして行きたいんでぇす」と言った。話の長い男だった。二番目に出て来た男はいかにも神経質な市民運動家という感じだった。「あのー...えー...、みなさんとても個性的な主張でちょっと私も驚いているんですが...」とビクビクしながら話し始める。話しているうちに熱を持って来たらしく最後には悲痛な感じで「だから!!私たちはぁ!!!あのような事をくり返さないっっ!!」と涙ながらに語気を荒げた。
演説が終わるとなぜか大音量でレゲエがかかり、ドレッドヘアーや後ろ髪を結んで作務衣をきた男や、オーガニックテイストのする麻の服や木綿のバンダナなどを身につけた女がその辺りをウロウロしていた。僕は来たのはいいけれど何をしていいかわからなくなって来たのと、その場の雰囲気に疲れたのでそのへんをうろうろする事にした。
大飯町は大きな半島を有する町で、大飯原発のある半島の方には橋を渡って行くようになる。こちら側と向こう側という感じで別れている。その間を大きな送電線がつないでいる。湾内は水深が浅いらしく、波もなくおだやかだ。用水路の水はそれほどきれいではなかったけれど、海水が入っているらしく近づいたら小さなフグの群れがさあっと泳いで行った。僕は途中で海岸の藻をレーキですくって掃除をしているおじさんに話しかけた。
「なにをしているんですか?」
返事はなかった。
しばらく行くと作業着を着た若いお兄ちゃんが竿をふるっていた。どうもルアーらしいので話しかけてみた。訊くとお兄ちゃんは滋賀県の人で、こっちに実家があるのだそうである。「海がない県の人は海に憧れるんですよ」と笑った。もうしばらく行くとまた別の人が竿を出していた。地元の人らしい。話しかけると投げ釣りでキスを釣っていた。釣ったものを見せてもらった。3匹ほどが買い物袋の中に入っていた。「晩酌用にもう2匹くらいは欲しいんやけどなあ」とおじさんは呟いた。
なんとなくやさしげな人だったのでおそるおそる原発の事を尋ねてみた。
「そやなあ、福島の人んとか見てると大変やなあと思うけどなあ」とおじさんは言った。
東京でデモがあったことって知ってます、と訊くと「ああ、そう言えば新聞の隅の方にちょろっと出とったなあ...」と話した。
僕はその事についてそれ以上訊くのをやめた。
アタリはコンスタントに来るようだった。湾内は基本的には砂地で、キス釣りにはちょうどいいみたいだった。おじさんは時折アタリに反応しては、フグにエサをとられていた。向こうの方から別のおじさんがやって来て、今しがた釣った手のひらサイズのカサゴを見せに来た。僕はその場を後にし、テントに戻った。公園ではまだ抗議活動が続いているようだった。僕は疲れたのでテントに横になりながらその音を聞いていた。途中で遠慮がちな感じの男がマイクで喋りだした。
「...ですので...ここであまり大きな音を立てる事は....付近の方からも苦情が出てますので....」
男が喋っている横で別の男が喋りだす。
「マア、そう言うのも一つの意見って言う事でね!!ありがとうございました○○さんでしたぁ!!」
大音量のレゲエが流れ出し、ブラザートムがまた話を続けていた。僕は起き上がると荷物をまとめ始めた。午後8時を過ぎていた。近くの駅に行ってまだ最後の電車が残っている事を確認し、駅の待合室で待つ事にした。僕は駅の待合室でぼんやりしながらその辺を見回してみた。監視カメラが6つ取り付けられていた。
6つ?
小浜の駅で終電となり僕は野宿できる場所を探してまわった。夜更けにようやく静かな海岸線の防波堤を見つける。そして銀の断熱マットを敷いて寝袋を広げた。僕は寝転がったまま天に片手を突き上げてピースサインを送る。
「ワッショイ]
soundscape
by itr-y
| 2012-06-20 08:35
| 日常