2012年 07月 18日
梅雨明けのハワイアンダイニング |
みんなが言うほど暑いと感じないのは、涼しい職場で働いているからだろうか。
とは言っても、今日は休みだしそんなこともないだろう。ただ単に、自分の感覚がずれて来たのかもしれない。夜勤と日勤をくり返す仕事のサイクルがはや3ヶ月ほど続き、僕の体はあちこちおかしくなって来ているようだ。別に具合が悪くなって来ているわけではないのだけれど、とにかく夜に寝付けなくなった。きちんと朝起きて、夕方眠くなり少しウトウトしてしまって、それから食事をし、何もする気力が起きないし、なんとなく眠いので寝ようとすると、布団に入ってもまったく寝付けないのである。眠い事は眠いのだ。しかし寝られない。こういう時に寝られないとイライラしてても余計に眠れなくなるので、なにも考えずにいようとするのだが、自分の頭が動画をいっぺんに開いた時のノートパソコンみたいな音を立ててフル回転を始める。思い出すのが英単語とか、エクセルの関数だとか役に立つものであればいいのだけれど、たいてい思い出すことといえばイヤな出来事と、トラウマ的な思い出だけだ。これでは疲れる。
結局、昨日だって十分寝たくせに昼近くまで布団の上でのたうち回る羽目になった。本格的に眠れるのが完全に夜が明けてからなのである。もうすでに外では地震でボコボコになったマンションのアスファルト張り替えの工事がギャリギャリと始まっており、近くの幼稚園からは園児と保育士とヒステリックな母親たちの声が窓を閉めても聞こえて来る。僕は夜の間止めていたエアコンをつけ、涼しさに任せて強引に自分を眠りにつかせたが、それがどうも朝8時か9時頃だったらしい。2、3時間後、起きるころには脳みそがすっかり水平方向によっていて、後頭部がくらくらした。悪い酒を飲んだ翌日みたいな後頭部の重たさに悪態をつくと、空気の読めない父親が「むずかしい本を読むとすぐ寝られるよ」と、ていねいに神経を逆撫でしていった。
睡眠導入剤を購入しようか迷っているけれど、これでさらにひどい後頭部の頭痛に襲われたらと思うと、今いち手が出ない。もうあきらめて付き合っていくしかないんだろうなあと、なかばあきらめている。
しかし、暑くなるとよいこともあって、ひとつには明るくなったので写真を撮る時に非常に色が映えるようになったことだ。いかにも夏らしい真っ青な空がスコンと抜けて、それまで陰惨な色をしていた街が急に鮮やかにその魅力を放ち始める。おそらく放浪写真家K氏などは足しげく房総や京葉工業地帯のあたりを走り回っているのだろうと思う。太陽は変わらずとも、その通り道がやや高くなるだけでこの季節だけエラくなる。おかげで歯医者の帰り道、夏らしい写真を何枚か撮る事が出来た。
僕はひさしぶりに、昔地元で通っていた酔いどれマスターの店の前をちょっと通った。
マスターの店はもうずいぶん前に閉店してしまって、今ではその店を使ってハワイ人の店主がハワイアンレストランを経営しているという話だった。店がもうオープンしているという事は、なんどか店の前を通りかかったので知っていたのだが、まだ実際に入った事はなかった。やってるのかどうかおそるおそるのぞいていたら、バイトとおぼしきおねえさんに見つかってどうぞどうぞと入店させられてしまった。
店内は以前の店とほとんど変わらなかったが、中においてあるものがいくつか変わっていた。中ではハワイアンの店主がタロ芋をせっせと摺りおろしてペースト状のものを作っていた。おねえさんがメニューを持って来てくれて、その中から選ぼうとすると店主が「今日のおすすめはアクの骨付き肉だ」と言った。
「アクってなんですか?」
と訊くと、おねえさんは「カツオのことです」と言った。
「じゃあ、それを下さい」と言った。
外人は総じて自己主張がつよいが、店主がそう言っているということは、もう露骨に「それ以外頼むんじゃねえ」ということでもあるので、そうした。別に無視して他のものを頼んでもよかったのだが、面倒くさかった。店内をぼんやりと眺めながら、ウェイトレスさんとしばらく話をする。なんでも彼はもう8年日本に住んでいるのだそうで、日本人の奥さんがいる。子供ももう二人いるそうだが、今はハワイに帰っているのだと言う。なんどか店主にも話しかけるのだが、ぶっきらぼうでなんとも話しづらい。でもなんとなくいい人なのはわかった。
ウェイトレスさんと話をしながら、僕はフライパンで次々と魚の中骨の部分が焼かれてゆくのを眺めていた。あれなんだろうな、と思っていたら、案の定それがごろっと5枚ぐらい皿の上に重ねられて出て来た。ウェイトレスのおねえさんが「ご飯食べれますかあ?」と訊いて来たので「?、食べれます食べれます」言ったのだが、そしたら明らかにさっきまでサランラップにくるまれていた形状のご飯と、ポテトサラダが出て来た。
白と白と茶褐色という、ハワイアンとは到底思えないような色の組み合わせの料理が出て来た。
僕は最初上品に箸でその三枚おろしの中骨部分を食べようとしたのだけれど、モロに小骨が多く口の中を傷だらけにしてしまいそうなので、直接指でつまんでソウルフードよろしく、一つ一つ攻略してゆくことにした。後半食べ終わりそうな所にさしかかると、ウェイトレスさんが「お腹いっぱいですか?もしよかったら、店主お手製のココナッツのデザートがあるんです。ふつうだったら出来合いのものなんですけど、ここでは全部自家製なんです」と言った。「...あ...じゃあ、お願いします....」と僕は油だらけの指をレロレロなめながら言った。
僕はなんとかその焼けた魚の残骸5枚を処理し、固くてちぎれない冷凍物のご飯3パック分と味のないポテトサラダも完全に攻略した。一通り食べ終わるとウェイトレスさんは「すごおい、全部食べちゃったんですね!!」と感心していた。軽い殺意。
しかしまあ、ココナッツのデザートは文句無しに美味しかった。ココナッツミルクから作っているのだそうだが、味が濃厚でうまい。これは手作りの良さが出ていた。「おいしいよ」と店主に言うと、当然と言う顔をしていた。「ココナッツそのものには味がない。砂糖を足してゼラチンと混ぜて作るんだ」と教えてくれた。今日食ったものに関してはともかく、デザートがこれだけうまいんだったら、他の料理はもっとマシかもしれんなあ、と僕はそれまでの辛口コメントを翻した。
しかし、この料理でデザートと合わせてこの値段は高すぎるな、とも思った。いくらデザートがおいしくても、これはあくまでサービス程度でつけるべきだと思った。美味しいからこそ、タダでつけた方が客はつく。僕はその辺はよくわかっている。はっきり申し上げてその半額以下の料理である。その時、お客さんが入って来た。客かと思ったその男はメガネをかけ、汗を拭きながら店主に片言の英語で挨拶をした。店主は「おお!来たか!!入れ、その後どうなった?」と話しかけた。
「ああ、はい....えーと...それでですね...」男は遠慮がちに英語で話し始める。手にしたフリーペーパーは結婚情報雑誌の名前が乗っていた。
「この一番小さい枠で3ヶ月¥63,000、ひと月あたり¥21,000です」と言った。店主は「おおそうか!!じゃあ、いつから掲載出来る?いつだ?」と詰め寄る。
「...えーと、ですから再来月には...」
「サライゲツ!!?なんでそんなにかかるんだ!?写真を撮って載せるだけだろう!!?今すぐ、写真を撮れ!!今すぐ!!!」
「....ええっと、今ちょっとカメラを持って来てないので...照明とかもいるし...」
「じゃあ後で持ってこい!!5時前までならオレはここにいる!!それまでにだ!!」
「...は...はい...」
メガネの男は力なくうなづいた。
「ちなみに....一ページまるまるだとおいくらぐらいなんです?」
と僕はついでに訊いてみた。
「...60万円ですね」とメガネの男は言った。
彼が去った後、店主はPCをパチパチやっていた。僕がiphoneをいじっていると、Facebookやってるか?というので、彼の店を探してみた。「これかい?」と言って僕は祈るような気持ちで「いいね』ボタンを押した。
帰り道、偶然店の前で以前のこの店のマスターと出会った。
「おお!ひさしぶりだな!!」
「お久しぶりです。お元気でした?今仕事中なんですか」
「ああ、休みの日に来てくれりゃ良かったのに...」
「すいません、今日明日とお休みで、たまたま歯医者に行ったんでついでに寄ってみたんです」
「また連絡しろよ。仕事終わった後なら時間あるから」
「はい」
僕は短く挨拶をしてマスターと別れた。
「さて」
おそらくもう関東地方の梅雨は明けたのだろう。空の色と風がそう教えてくれていた。僕はそれ以上元町を散策する気にもなれず、ちょっと途方に暮れていた。コーヒーが飲みたかった。じゃあスタバでも行くかあ。僕はチャリにまたがると浦安駅の方へ向かった。
soundscape
by itr-y
| 2012-07-18 13:21
| 日常