2013年 06月 06日
クワズイモ |
新しい仲間が入った。名をクワズイモという。喰えないやつだぜ、と言おうとしたけれど、「いえいえ、『クエズ』イモではありません。私は『クワズ』イモです」と言った。
「そうか。じゃあお前を食おうとすれば食えるわけだな」と訊くと、クワズイモは黙り込んだ。心配しなくとも見るからにうまそうではないので食わないが、まあ邪魔になるわけでもなし、しばらく家に置いといてやろうと思う。
「しかしまあ、あれだな。知り合いにハワイアンがいてそいつはよくタロ芋をねっているけれど、お前らの仲間はいったい全体世界中にどのくらいいるのだ」と訊いてみた。
「たくさん。それはもうたくさんです。しかしその中で食べられるものはホンの数種類です。だから本来クワズイモというネーミングはおかしい。もしそうならほとんどの種類のイモが『クワズイモ』になってしまいますから」とクワズイモは言った。
「なるほど。あくまでも人間が主体となった自己中心的な価値観だということだな」
「はい。そしてすべてのイモを食べられるかそうでないかで分類することはひどく短絡的で下品です。あまり褒められたネーミングセンスではない」
「なるほど」
なんだか僕は自分自身も植物の一種であるような気がして、クワズイモと一緒に人類に対して少し批判的な姿勢をとった。クワズイモは新しく入ったばかりのポットから時折足を、いや根を抜いたりさしたりしながら最適なポジションを探っていた。
「あたらしい鉢は気に入ってくれたかい?」
僕は訊いた。
「悪くありません。つやのある質感もいい。私は白が好きです」
「よかった。いい鉢がなかなか見つからなくてちょうどいいものを探しに駅前の100円ショップまで行ったのだ」
「わざわざ、ありがとうございます」
「ところでお前の他にもクワズイモがいたな」
「はい」
「今日は見かけなかったが、誰かにもらわれて行ったのか」
「はい。若いカップルが買ってゆきました」
「お前の知り合いか」
「彼は私の弟です。同じ島で生まれました」
「島か」
「はい。とおいとおい南の島です」
クワズイモは「とおいとおい」というところをゆっくりと噛み締めるように言った。
「何島だ?」
「わかりません。いえ、もちろん私たちはわかっているのですが、人間の言葉でそれをなんと言うかがわかりません」
「しかしお前は人間の言葉をしゃべっているではないか」
「いえ、私は人間の言葉はしゃべれません」
「なに?」
「不思議ですね」
クワズイモは僕の方をじっと見ると一枚しかない葉をすこし斜めにかしげてみせた。
「たまに...」とクワズイモはそこでいったん間を置いた。
「私たちのような地下茎植物の言葉がわかる人間がいるという話を聞いたことがあります」
クワズイモは足下の鉢の縁をじっと見つめながら言った。
「時折、そうした亜種が人類にもいるのだと聞いたことがあります」
「亜種」
「そう、亜種」
私はタンブラーの中のビールをずずずとすすり込みながらクワズイモの言うことを聞いていた。
「すると、だ」
「はい」
「私は何かの拍子で亜種として生まれて来た」
「そう言うことになります」
「しかしなぜ?」
「理由はわかりません。生まれつき右利きか左利きかが選べないように、亜種として生まれて来るのも、ただしい純血として生まれて来るのも、生まれる前には選べません」
「ちがう。訊きたいのはなぜ言葉がわかるのかということだ。イモの言うことがわかったってそれが一対何になる?話し相手に困ったことはない」
少しそわそわしながら二本目のビールを空けていた。
「そうですね...。」
クワズイモはまた白いポットの縁を見つめながら考えていた。
「地下茎を持つ植物の言葉を理解できる人類はいても、それを一生ずっと理解できるわけではありません。大抵の場合、人生のどこかで言葉が理解できなくなるそうです。ここからは私個人の見解となりますが....、ひょっとしたらその人が他者との何かしらの強固なつながりを欲している時に、そうした言語能力が発現するのかもしれません」
「....つながり」
「あなたが店で私を見かけた時に私に話しかけたのは、通じることを直感で理解していたのでしょう。あなたはたぶん他の誰かとつながりたかった。そういう人がいた。私を介してその人との強いつながりをイメージした。だから私の言葉がわかったのではないでしょうか?」
僕はタンブラーをデスクに置き、あごをさすった。
「そうかもしれない」
「しかし、なんで君でなくてはいけなかったのか」
「それは私にもわかりません」
クワズイモは葉をかしげた。
「ただ、あなたを見た時にその誰かのイメージが浮かんだことは確かです。それが誰に似ているか、どのような表情であったか、同性なのか異性なのかは私の言語能力では描写が難しいですが、ただその表情が笑顔であったのは救いでした」
クワズイモは葉の先で微笑んだ。
「なんの話をしているかはわかる」
私は指をつき合わせながら言った。
「しかし私に言えることは....」
「はい」
「なんだかよくわからない」
「そうですね」
クワズイモは言った。
私たちはしばらく黙り込んだ。
「でもまあ、素敵なことだ」
「そうです」
外で換気扇の音が続いていた。換気扇の音が気になってくるほど酔いがまわっていたらしい。
「酔っぱらいと話をするのは嫌いじゃない?」
「かまいません。『酔う』ということがどういうことなのかそもそもよくわかりません」
「君はひょっとして...」
「姉なんです、あの店にいた弟の」
そうか。どうりでなんとなく安心するわけだ。
私は心の中でそう呟きながら、2本目のビールをグラスに注いだ。
こんな酒が飲めるなら亜種でいるのも悪くはないなと思う。
by itr-y
| 2013-06-06 01:27
| 日常