2013年 07月 24日
杉林 |
また徳島に行ってきた。もう父の実家でもなんでもないのだが、何となく気になって。あとは3連休がとれたのでちょっと行ってみようと思ったのだ。短い夏休みである。夜行バスで出かけて夜行バスで帰り、その日にTOEICのテストを受け、そのまま夜勤に突入するというなかなかの強行スケジュールだった。でもそんな日程もなんとかこなし、すこしホッとしている。
徳島にいる間、僕はいろんな人に会い話を聴いた。だいたい自分が想像していた通りのことが村では起こっていた。そして問題はちゅうぶらりんになっていた。そんな気はしていた。
今回はわりと時間があったのでずっと釣りばっかりしていた気がするけれど、川は正直言ってあまりいい状態ではなかった。源流部分であるにも関わらず、水底の石には泥がかぶっており、源流部分でも釣れるのはハヤばかりだった。辛い釣りだった。竿を出していてあまりいい気分がしない。荒れているのがわかる。都会からの移住者はきれいだきれいだと言ってくれるけれど、僕には川が最悪の状態であることがわかった。放置された杉林の土壌表面から土砂が流出していた。密集しすぎて下草が生えないからだ。倒れた杉が川にもたれかかっており、川の中を進むと足下で土が舞い上がった。僕は少し首を上げるとため息をつき、もうそれ以上進むことをやめた。
午前中はそのくらいにしておいて、それから知り合いの人と車で近くの川を釣り上って行った。程度の差こそあれ、どこの川も似たような状態だった。
その晩はその知人宅に泊めていただいた。Cさん一家はとても見晴らしのいい山の中腹に住んでいた。以前から訪ねてみたかったのだ。着いた時点で僕はもうけっこうへとへとになっていた。なんせ夜行バスで来て、最初はテント泊で、翌日から釣りをするために歩き回り、その晩はまたとある家で飲み会があったのだ。畳の部屋にしかれた布団に横になると、僕はがっつりと眠った。
C一家の暮らしはとてもオーガニックな感じである。といっても、よくあるようなおしゃれ系ではなく、無理のない自然な雰囲気の暮らしである。外に出るととても気持ちがいい。山々が遠くまでよく見渡せた。そしてその向こうには佐那河内の風車も見えた。いろんな話を聴いた。問題はやはりたくさんあるようだった。
帰りの夜行バスで僕はいろいろと考えていた。なんとなく軸がぶれているような気がする。これは他人の問題で、僕は自分の未来のことを考えなくてはいけないのではないか、と。そうなのはわかっていた。ただ、他のことを少し垣間見ることによって、自分の立ち位置というものが見えて来るような気がしたのだ。僕はたぶんヘタクソでもギターを持って歌を唄うべきだと思った。勉強もするべきだ。語学でもネットワークでも、電気でも。たぶんすべてが必要になってくる。大丈夫だ。ぶれてない。そう言い聞かせる。
「エゴ」という言葉について良く考えるようになった。「何かをしたい」が「何かをしてあげたい」になると、とたんにそれはエゴになるらしい。それがどれだけ世のため人のためになると言っても、何かを「してあげたい」という時点でそれはエゴになるのかもしれない。でも、そんなことをいったら何も出来なくなるではないか、と僕は思うのだが、「エゴ」になることを、あるいはそう取られることを人が避け続けた結果、今のこの川の状況も含めて、とりかえしのつかないことが多々起こっているよううに思えてならない。僕は自分がうだつが上がらないくせにとかく「何かをしてあげたい」になりやすい。本当のことを言うと「何かをしてあげたい」をよそおって「何かから逃げよう」としていたんだろうなと思う。
そんな僕でも30を過ぎた大人になったわけだが、ようやくそのことに気づき時々バランスを崩しつつも、なんとか持ちこたえている。落ち着かない川というのはなんとも罪なものだ。僕はあの山が好きにはなれない。好きな川にするためにはたぶんあと100年かかるだろう。
自分のことをしよう。
エゴが発端で動き出した僕は、世の中で健全とされている結論にたどりつく。でも、心のどこかでなんとかしなくちゃ、と思っている。学ばなければいけない。そうしないといけない。だから帰りのバスで僕は目覚めることはなかった。
by itr-y
| 2013-07-24 00:27
| 釣り