2006年 11月 12日
アンテナを見上げる人 |
夜。
いつもの公園を歩いていると、丘の上の展望台に何やら人影が見えた。
ラジオを聴いているのだろうか。
ガガ...ザザザ...ピーと何やら音がしている。
コートを着た人が一人、5メートルほどもあるアンテナの向きをいじっていた。
思い切って声をかけてみた。
「....無線ですか?」
「...ええ。」
少し驚いたような顔でその人は視線を音のする受信機からこちらに移した。
牛乳瓶の底のようなメガネでの奥で実際よりも大きく見える目が一瞬こちらを見て、すぐに受信機の方に戻した。
一瞬迷惑そうな感じだった。
あんまり話しかけない方がよかったのかなと思いつつも、せっかく話しかけたのでもう少し粘ってみる。
「これはどこの電波が入ってきているんですか?」
「............どこって。関東圏の...........。
VHF帯だから................。」
やっぱり少し迷惑そうだ。
でも僕もしつこい。
負けるもんか。
(迷惑)
「これは発信している人も個人でやっているんですか?」
「..............そう。」
ひとつひとつの文章の終わりに
「当たり前だろ」
というのが隠れ結びとして入っている。
でも僕はしつこい。
負けるもんか。
(迷惑)
「いつも外に出てやってらっしゃるんですか?」
「いや普段は中でやっているけれども、家じゃアンテナは張れないから....」
「なるほど」
「大きなアンテナですねえ。これだけ大きいと持ち運びも大変ですねえ...。」
「折りたたみだから....アルミの棒の....」
「自作なんですか!!」
(わざとらしく)
「そう」
(少し嬉しそう)
わかってた。
自作なんだろうなってわかってた。
でも一応訊いた。
昔、学校とかにいつもあんまり喋らずに自分の世界の中に入っているクラスメートがいたけれど、(僕もそうだけれど少しタイプが違う)ああいう少しオタクっぽい人が大人になるとこういう感じになるんだろうなと僕は思った。
そんなやり取りの間でも受信機はあれこれといろんな電波を拾ってきている。
日本語なんだけれど何を喋っているのか内容がさっぱりわからない。
まるで秘密のやり取りをしているような感覚に僕は妙な高揚感を覚えた。
そのうちおじさんはマイクを持って何やら喋りはじめた。
「CQ。CQ。こちらピーピーターター8903。ぬhshbgねえthがvはフロム浦安市。んすhぶへbんbvhgのあbjっhでぬふhdtんbhvふじこ、応答願います。」
(聞き取れず)
おじさんはそう言うと受信機をチリリと操作し、耳を澄ました。
独り言のように
「..................くるかな」
「...................来ないか」
とつぶやきまたアンテナの向きを変えにいった。
返事は返ってこず、おじさんはまた受信機に戻った。
返信がないことなんかしょっちゅうなのだろう。
おじさんは特にがっかりした素振りも見せず、そのまま空を見上げた。
T字型のアンテナが夜空に胸を張っていた。
これ以上いると本格的に迷惑になりそうだった。
「じゃあどうもお邪魔しました」
「.........いえ」
「それじゃどうも」
おじさんはとくに何も言わずに受信機の方に向きなおした。
丘を下る道を僕は降りていった。
夜の道を歩きながら僕は一人呟いた。
「CQ。CQ。こちらitr-y0311。んjfhぎひgjねあうwんフロム浦安市。聞こえますかどうぞ?」
返事は返って来ないみたいだった。
by itr-y
| 2006-11-12 18:00
| 日常