2007年 02月 16日
砂風 |
この辺りは浜田の風と言ってね、海からの風が急に吹くことがあるんだ。
だから風の強い日なんかは一本橋は難しいんだよ。
そういって試験官は笑った。
受験者はみんな真剣な面持ちで話を聞いている。
僕は一番後ろの長椅子に座りながら、ジャケットの袖をいじっていた。
ほとんどの受験者はバイクには不慣れで、ある程度乗ってはいたもののそれほど上手くは運転できないと言う中途半端な実力の者が多かった。
HONDAと書かれたライダーズジャッケットや、金髪に黒のレザーを着た若い男達が、おっかなびっくり運転しているのは何とも滑稽な様子だった。
僕自身ほとんどバイクに乗る機会なんかないというのに試験を受けようとしているのだから人のことを笑ってばかりもいられない。
クランクでゴシャリとこけた受験者を見ながらそんなことを考えていた。
大型二輪の試験はクランク、S字、スラロームや一本橋に加え波状路がある。
受験者はあらかじめ指定されたコースを覚えてから試験にのぞまなくてはならない。
コースを覚えることは大して苦ではないけれども、怖いのは失敗してしまった時に慌ててしまい、そのままコースを間違えることだった。
そういう時は道の脇に停車して試験塔に向かって手を挙げ、試験官に指示を仰がなくてはならない。
そうすると試験官から無線が入り、車体に取り付けられた拡声器から指示が出る。
そこから直進してもう一度一周し、そこからもとのコースに戻って下さい。
コースを間違えても原点対象にはならないが、指示を仰ぐために停車する際、安全確認を正しく行わないと減点される。
突然
「〜さん。スタート地点に戻って下さい。」
と言われる。
もっとも力の抜ける瞬間でもある。
二階の受講室からブラインドを開けて外を眺めながら、そんなことを思い出していた。
もう何度そう言われて泣く泣くスタート地点に戻って来たのか思い出せないけれど、試験の記憶よりも、試験場までの道のりを何度も往復したことの記憶の方がより鮮明に憶えていた。
相変わらず357はひどい排ガスで息もつまりそうだったし、何カ所が工事のおかげで道が綺麗にはなっていたけれど、基本的に市川も船橋も埃っぽいことには変わりなかった。
今朝、行く途中でも事故が起きていて消防と救急が駆けつけていて、その後ろでは何台ものトラックや業務用車両がイライラしながら立ち往生していた。
ドアの隙間からしみ出してくる不機嫌を風で飛ばしながら僕は歩道橋の下をくぐり抜け、南船橋の駅の方へとすり抜けた。
試験官がメガネをかけて休み時間が終わった。
ブラインドからを顔を上げ、僕はまた一番後ろの席についた。
試験官が独特の口調で講習を続ける。
千葉の訛りなのか、時おりタ行とサ行が曖昧になった。
パラパラと手元の小冊子をめくりながら、ときどき右前の方に座っている白いセーターの女のブラジャーの線を目でなぞっていた。
あまり面白くもない話を延々二時間も聞き続け、最後には制作費の安さがにじみ出ているフィルムを見て初回講習は終わった。
こんな話を毎日毎日何回もしている試験官に僕は感心した。
自分の感覚と仕事を綺麗に切り離し、必要なことを時間内に的確に話す能力。
始まる前に受講者の注意を惹き付けるあの口調と振る舞いはやはり一朝一夕に身に付くものではないのだ。
講習が終わった後に新しい免許が配られた。
古い免許を持って帰りたい場合は持って帰っていいのだそうだけれども僕はそのまま処分してもらうことにした。
持っていてもしょうがあるまい。
免許証の写真は予想外に上手く撮れていて、自分でも感心してしまった。
そのかわりいつもの左側の髪の毛がぴょこんと跳ねていて、そのギャップが何とも笑えた。
くく、と苦笑いしながら僕はセンターの階段を下りていった。
LIVE INFORMATION
2/21(Wed)
下北沢ARTIST
CHARGE ¥1500 wih one drink
OPEN 19:00
START 19:30
by itr-y
| 2007-02-16 17:21
| 日常