2007年 05月 19日
風読み |
「あ...まずいな.......これは来るよ..........。」
風読みのオッサンはそう呟くと背後の空をあおいだ。
大きな雲の塊が夕日を背にじわじわとせり出してきていた。
さっき見えていたところからこれだけ進んでいるところを見ると、相当な速さでこっちに進んできているのだろう。
どんどんと不吉な予兆のように光を遮りはじめた。
遠くの方でそれまでおとなしくしていた犬達が吠えはじめた。
今日は一日中変な天気でいろんなところから風が吹いては止んだり、こっちの方から吹いては向こうの方から吹いたりしていた。
日射しはあるけれど空気はじっとりと冷えていて、風も方々から吹いているので風読みのオッサンはいつもよりも落ち着きのない顔をしていた。
僕は僕で休憩中の運転手と無駄話をしていた。
と言っても無駄話をしていたのはもっぱら運転手の方で、僕はただ彼の話に相づちを打っていた。
運ちゃんはひたすら新型の飛行ユニットのことや、チチカカ湖を一周した話や、西の街のうまい食い物屋の話をしていた。
新しい飛行ユニットを買うために投資信託を崩して購入資金に充てようと考えていることとか、湖の一周の長さがおよそ200キロでまわるのに丸一日かかったこととかを延々と話していた。
僕は自分からいろいろと話をすることは苦手なので、ずっと運ちゃんの話に耳をまた傾け、時おり適当に相づちを打っていた。
やがて風読みのオッサンがぱたぱたと帆をたたみはじめて、帰り支度を始めた。
「もう店じまいっすか」
運ちゃんが言った。
「う〜ん......だって降るもん。もうほら.....ゴロゴロいってるよ.....。」
背後の雲はもうほとんど僕らの頭上にかかろうとしていた。
しかし地表の風は雲のやってくる方向とは反対側の東の方から吹いてきていた。
恐らく局所的に大規模な低気圧なのだろう。
上空の低い気圧が中心部分に向かって風を吸い上げて、周辺の湿った空気を集めている。
今朝と今日の昼間に蒸散した空気達だ。
その空気を集めて雲の巣は竜の巣へと変わろうとしていた。
「早く帰った方がいいよ。あぶないよ」
風読みのオッサンの言うことが間違っていたということはないので僕も運ちゃんも腰を上げて今日はもう帰ることにした。
海岸線はいつも通りの灰色だったけれど、どこか何か違う雰囲気を漂わせていることは僕にもわかった。
「それじゃまた」
僕は二人に手を振って石段を後にした。
その後、間もなく大粒の雨がぱらつきはじめて僕は少し速くペダルを踏み込んだ。
なんとか少し濡れた程度で家にたどり着き、僕は濡れた服を着替えて食事を作り始めた。
換気扇の中から「ドガン」と音がした。
外の雷の音らしい。
そんな音が何度かして雨脚は見る見るうちに強くなった。
換気扇を回しながらお湯が沸くのを待っていると風の音が尋常でなくなってきた。
「ピスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ............」
大きなエネルギーを高い音の中に感じた僕は窓の外を見に行った。
夕立程度の雨が降り始めたあとでまるで台風のような雨に変わり、ものの数秒で向こう側の建物が見えなくなった。
僕は少し呆然としながらその様子を見ていた。
本当に何も見えなくなっていた。
もうそれは嵐と言えるようなものではなかった。
後ろの方でチンチンとお湯の湧く音を聞きながら、僕はその莫大な雨と風のエネルギーに見とれていた。
「やっぱり風読みのおっちゃんはすごいなあ.....」
僕はしばらく窓の前に立って外の様子を眺め続けた。
soundscape
by itr-y
| 2007-05-19 21:11
| 日常