2008年 11月 04日
いくつかの夜 |
ベルリンに行っていた昔からの友人が帰ってきた。
久しぶりの帰国である。
このブログにもリンクを張ってあるけれど、彼はカメラマンである。
もともと世界を旅して回るバックパッカーだったのだけれど、今ではベルリンでアシスタントとして働きながら自分の作品も制作している。
中学時代の旧友なのだけれど、非常にアクティブな人間でもある。
僕がいくら頑張っても手に入れることのできない強さや行動力を持っている人なので、昔も今も彼にはどこか頭が上がらない。
今回、ずいぶんと久しぶりに会うことができたので二人で家飲みすることになった。
しばらくは当たり障りのない話をしていたのだけれど、酒が入ってゆくにつれて少しずつお互いのプライベートな話をすることとなった。
それまではこんな話をすることはなかったのだけれど、僕にとっての目下の問題や、彼にとっての目下の問題について二人で話すことができた。
僕は基本的に甘ったれた世間知らずな人間なので、いろんな世界や仕事を経験してきた彼の意見や視点というのは非常に参考になった。
明らかにタイプの違う人間ではあるけれど、こうやって何年かにいっぺん話をするだけで僕としては彼の存在がとてもありがたいと感じることができる。
どんな人でもそうかもしれないが本音で語り合える人間は少ない。
彼は僕のおかしな所を的確に指摘してくれたし、僕はそのことに傷つくこともなくただ自分のあり方や今の状況を再確認することができた。
あいかわらず頼れる人だなあと思った。
彼は僕のことを「エセインテリ」だと言ったけれど、僕は心の底からその通りだと言い、何だか指摘されたことで逆にほっとした。
何度も言うがそんな風に言われてそう感じることのできる相手というのは少ない。
僕が話をしたことで彼の話を聞くことができた。
ぼんやりと酒を酌み交わしつつ彼の話に耳を傾けた。
彼の中には甘えというものがない。
本当はあるのかもしれないが、僕みたいな人間にとっては彼の自立性はほとんど到達不可能なものだった。
いつでもどこか彼の存在は頭の中にある。
いわばある種の「憧憬」として彼の姿がある。
いつも過去を生きている感覚があると彼に話をした。
彼は未来を見据えることの大切さの話をした。
僕自身、少しずつそうなりつつあるという話をした。
どれだけ自分が将来のイメージを持っているかという話である。
今しがた話したばかりだというのにもうすでに記憶がおぼろになりつつある自分が悲しいが、話の内容がだんだんと抽象的で感覚的なものになっていったので、もう文章にすることが難しい。
僕らは僕らが今いる世界の話をし、そしてその未来や可能性についての話をした。
言葉や、感覚や、愛情や、未来の話、
どうしても手に入れたいもの。
どうしてもたどり着きたい場所。
いくつかの選択肢の中でそれを選んだ必然。
そうした話をした。
彼は自分がカメラマンとして「きちんと」有名になり成功し生計を立てることを目標としていた。
それが彼にとっての課題で、何よりも手に入れたいものの1つであった。
僕は彼に対してこう言った。
「君は必ず有名になるよ。それは僕らがみんな信じてる。ただそうなれなかったとしても、僕は今君がカメラマンとして自分の作品を作り続けているということが何より嬉しい」
彼は僕の憧れのひとつでありつづけるだろう。
それは彼が有名無名に関わらずそうなのだ。
僕はそう思っている。
結局、今回彼の作品を見ることはなかったのだが、またそのうち見ることができる機会が来るだろう。
彼は今の僕には失望したのだろうか、軽蔑したのだろうか。それとも安心してくれたののだろうか。
心持ち今夜は辛口だったような気がしたのだけれど、でも久しぶりに話せてうれしかった。
彼が帰ってこの部屋に残された後で、不思議な生気が湧いてくるのを感じた。
あの夜からいくつ月の満ち欠けを数えたろう。
まだ大潮がひとつ過ぎたくらいだ。
「俺なら熱が冷めないうちに行くけどね」
彼の台詞がよぎった。
はてさて何が正しいのやら。
mineさん。俺の頭の中にはもう一人俺がいるんだ。
なかなか結論は出ないし、いつもいつも結論なんか出ないまま動いてる。
優柔不断だと笑われることもあるが、僕にとっては結論が出ないこと自体が結論なのかもしれない。
でももう少し自分が思うように動いてみるよ。
今日はどうもありがとう。
また予告なく来てくれ。
電柱の陰で待ち伏せしてくれ。
どんなアドバイスよりも君の存在自体が僕にとっては指針となるのだから。
soundscape
by itr-y
| 2008-11-04 01:23
| 日常