2010年 06月 08日
鎖 |
結局の所、あんまり何も出来ずに貴重な休みが終わって行った。またちょっと生活サイクルを元に戻さなきゃなあと考えていたら、夕方頃に急に眠くなってしまって、気がついたら0時半くらいになっていた。
図らずも夜型に戻ってしまったようである。
おとといの夜、久しぶりに下北沢で友人と会った。お互いの近況だとか、今度結婚する友人の話とか、これからの計画だとかを話していた。下北にしたのは彼の自宅に近いからというのもあるけれど、自分自身が久しぶりにあの小さな街に行ってみたかったからでもある。
北口の前では早くもストリートミュージシャンが切なげに歌を歌っていた。
プロのカメラマンである彼は、今年の9月に今の勤め先を辞め、ようやく独立するそうである。とは言っても、まだスタジオなんて作る予算はないから、請け負いの仕事をレンタルのスタジオでやるという形になるらしい。地道にキャリアを重ねて行っていた彼のことを知っていただけにうれしい出来事でもあった。
僕らの周りでは同世代の友人達が、限られた状況の中少しずつ何かを変えて行こうとしている空気感がある。僕自身、仕事を辞めてそうとう困窮した状態にはなっているけれど、気持ちが常に前に向くようになった。前を向かざるを得ないというのもあるが、そこにいくつかの約束がないと人は前に進めないものなのだろう。
この言葉の効用を最近実感する。
人間は気がつかないうちに、現在の自分の状況に理由をつける。
「言い訳」にも近いけれど、そこになにか適当な言葉をあてがうことで、自分自身が望んでいる状況を作り出すことが出来る。例えば今の僕は自分を説明するのに「求職中」という言葉を最近使う。
求職なんか実際の所ほとんどやっていないのだが、そう言うことにしておけば何かと楽である。世間の目はそれでこちらの状況を納得してくれる。彼らが知らない世界のことだとか、理解出来ない目標の話をしても仕方がない。一生懸命説明した所で、怪訝そうな顔で否定の言葉を我慢されるか、興味を失われるだけである。だから「求職中」と説明する。あながち間違ってはいないところもある。
勤めていた時は動き出さない理由に常に「経済的理由」と「時間」をあげていた。これならその理由が止むことはない。人は一生この二つにまとわりつかれるからだ。そうでない人はごくごく一握りであろう。そうしておけば自分から動き出す必要はない。とても楽だ。
自分の目標のために動くことというのが、どれだけエネルギーを必要とすることなのかを痛感している。いつもはたいして興味もないような仕事について、いやいややらされているつもりであったものが、実は自分自身が望んでそう言った仕事をしていたのだということにも気づいた。
旅先にいた時の僕はまったくの自由だった。けれど、同時に感じたことのない苦痛も常に感じていた。何もかも自分で決めなければならないということもあるし、自分自身が望んでいるものがなんなのか常に考えなくてはならなかった。
いったい何がしたい?
そう自分に問いかけるのは苦痛だった。
たいていの自分は何もしたくなかったからだ。
ベルリンの街を歩き回っていたのにはそういう理由がある。何もしたくないけれど何もしないわけにはいかない。僕は仕方なくある程度の日課とルールを自分自身の慰みのために作り、運動と自炊を自分に課した。それ以外にドイツ語の学習も課すべきだったと後悔しているけれど、その時はその時だから仕方がない。ここにきて今、ようやくドイツ語の参考書を開いている。
このブログを始めた当初もそんな感じだった。何をすればいいのかがわからずにひたすらさまよってばかりいた。
どうも意識のどこかで、何かに縛り付けられている状態を望んでいたらしい。
望めば手に入るものがたくさんあった。でも自分は何かと理由を付けていた。本当に望んでいるのなら多少無理してでも手に入れるべきなのに。自分からその糸口を塞いでいた。
下北での一夜、僕らは共通の友人のことでちょっと話した。彼は役者志望だが今ひとつうだつが上がらない。大学卒業後、長い間バイトを続けていて時折俳優を養成するスクールにも通っていた。しかし、彼が最近何かしらの活動をしているという話は聞かない。先日、僕はお世話になっている知り合いの人から元俳優業をやっていた人がいて、その人がライブをやるからよろしければ来ませんかというお誘いを受けた。僕は彼のことを思い出し、メールを送ってみた。俳優業の人が集まるらしいから良かったらどうだ、と。
自分なら二つ返事で「行く行く」という所だけれど、彼の返事はどれもこれもが煮え切らないものだった。「それはどこでいつやるものなのか」とか「お金かかるの?今金ないからなあ」とか、「う〜ん、どういうライブなの、情報が少ないなあ」だとか、そうしたことばかりに逐一メールのやり取りをするはめになった。
そんなものオレだってどんなライブか知らないし、出る人だってどんな人なのか知らない。料金たって、そんなプロのライブほどかかるわけがないだろう。そう怒鳴りつけたい気分だったのだけれど、仕方なく僕は招待のメールをそのまま彼に転送した。僕の文面に問題があったのかしらないけれど、彼はどうも行く気になったらしく「行ってみようと思う。ヘビメタのライブって感じじゃなさそうだしね」と返してきた。
この時点で怒り心頭だったのだが、僕は一言「わかった」と返した。
どうやったらここまで人の神経を逆撫で出来るのかがわからない。そんなことを僕は下北の台湾料理屋でカメラマンYくんと話していた。
「まったくだよなあ、本当にあいつは人の神経逆なでするよなあ(笑)」と二人で紹興酒をあおりながら悪口を言った。役者志望の彼も地元の古くからの付き合いである。なかなか面白いやつなのでわりあいに付き合いがあったのだけれど、数年来のスランプが彼のイヤな部分を引き出してしまったらしく、話をするたびにどうもじっとりと嫌な感じが残った。
彼の態度は、しかし僕もあまり批判出来る所ではないのだ。
自分自身、音楽をやりたいとは思いつつも、いまだにロクな活動をしないでいる。僕よりも周りの人の方が、今なんかやってるの?だとか、ギター弾く場所ってどうしてるの?と心配してくれたりしている。この状況の方が不健康じゃないかと自分で思う。
メールのやり取りの中で彼にきつくあたらないで済んでいたのは、自分の状況を顧みてのことだった。僕には彼のことを批判することは出来ない。ああいう状態は抜け出したものの、いつまたすべての物事に言葉を駆使して理由付けを始めるかわからない。そして理由でがんじがらめになってしまうのだ。またいつでも簡単にあそこに戻ってしまう。だから彼に会うことは非常にストレスでもあった。けれどやらなければならないだろうなと感じた。
そうだ。感じることだ。
それだけがいつだって頼りなのだ。
soundscape
by itr-y
| 2010-06-08 04:31
| 日常