2012年 02月 18日
かつての街 |
ひとつの街が消滅していた。被害を受けたのではない。この世から消えてなくなっていた。自転車を走らせ、時折下りて写真を撮った。晴れてはいるが風が冷たい。手袋を1分でも外すとすぐに指がかじかんで来る。鼻水を拭いながら僕はかつて閖上の街があった場所を走った。
昨日の夜は寒かった。あまりにも気温が低く、気温氷点下2度でなおかつ強風が吹き荒れる中高速バスは到着した、僕は輪行袋に入れて持って来た自転車を組み立てて、予約したユースホステルへと向かった。重いザックを背負っての自転車は疲れる。それでも閖上の街を走ったときは自転車を持って来て本当に良かったと思った。
震災以降、僕はなかなか仙台に行けずにいた。行こうと思えば行けたのかもしれないが、資金的な余裕がまったくと言っていいほどなかった。でも来てみて思ったのは、何かと理由をつけて行かなかっただけで、本当は行きたくなんかなかったのだろうということだ。怖かったのか。いや、ただ単に面倒だったのだろう。しかし自問自答しても仕方ないだろう。実際、来たのは今になってだった。それだけだ。
祖母の家は倒れずに相もかわらずそこにあった。多少壁にひびは入ったりしたものの、家そのものはまったくと言っていいほど無事だった。1年とちょっとぶりに会った祖母は多少ぼんやりしてはいるけれど、あいかわらず元気だった。時々体がしびれると言って、あっちこっちに電話をかけまくって家人を悩ませるのだけれど、まだ本格的にはボケていない。それをボケているというのかもしれないが、まあ大したもんである。
中2日間のうち、一日目は閖上の街を周り、2日目は荒浜の方を見て回った。どこも似たようなものだった。何も残されていない。残っているのは、少し壊れた堤防と、頑丈なコンクリ製の一軒家。工場や倉庫の鉄骨の柱と、家の基礎の部分だけだった。あまりにも何もなくなっていて、それがおなじ街だとは思えなかった一つだけ残った寺は屋根が壊されていて、墓石はすべてなくなっていた。中をのぞくと骨壺が割れて散乱したとおぼしき骨のかけらが残っていた。
なにもないとはいいながらも、時々なぜか残ってしまった建物がポツンと建っていたりする。たいていは基礎と鉄骨がしっかりしていた建物だが、生き残ってしまった悲哀が漂っていた。しかしどれも中は破壊され尽くしていた。片付けられずにそのままだった。中学校に行くと正面に花やお供え物の乗せられた机が並べられていた。メッセージが書かれている。僕は昇降口をのぞき、中を抜けて校庭に出た。鍵もかかっていないし扉もないのでいくらでも入ろうと思えば入れるのである。校庭の端には漁船が流れ着いたままになっていた。そのままになっている。誰もいなくなった美術室には顔面を失ったシーザーが窓際の日だまりの中に佇んでいた。黒板には一年前に書かれた文字がそのまま残っている。
河口で釣りをしている一人のおじさんと出会った。スプーンを投げているところをみるとサクラマスを狙っているようだった。話しかけてみるとわりと話し好きみたいだったのでしばらく世間話をした。おじさんの家は被害を受けなかったそうだが、マンションの9階と言うこともあり生きた心地がしなかったそうだ。地震後はなかなか釣りにも行きづらかったそうだ。確かに。周りが復興のための仕事をしている中で釣り竿をふるのはためらわれる。あそこの砂州も海岸線もみんな形が変わってしまったよとおじさんは対岸の浜辺を指差した。見てみると実際にむかし見た風景と若干異なっていた。自転車屋さんとホームセンターが繁盛してる、とおじさんは言う。特に自転車は今は落ち着いたものの地震後半年間くらいは需要がすごかったそうで、自転車屋は大忙しだったのだそうだ。盗まれることも多かったと言う。おじさんに礼を言いその先を歩く。
河口に沈められていたワイヤーでつながれていた敷石がすべてめくれ上がって護岸に山になっていた。流木が丸ごと流れ着いてそのままになっている。土手の形も所々傾いでいる。いちおう足下を注意しながら歩いた。流された網や漁具の山があった。どうも種類別に分けて分別してあるようだった。そのなかにひしゃげたてさびついた鉄くずの山があった。近づいてみてみるとそれはすべて船のアンカーだった。いろんなものがもうすでに集められ、分類されていた。その時にようやく自分がここまで自転車で来れていることに気づいた。道はすべてきれいに片付けられていた。一年も経っているのだ。当然なのだろうが。
携帯が震えたのでのぞいてみるとメッセージが入っていた。今日これから人と会う予定があったのである。ときどき震えてくれるのがなんだか素直に嬉しかった。楽しみにしてますねと返信を打ち、僕は三脚をバッグに突っ込みサドルにまたがった。日はまだ高いけれど、あまりにも風が冷たいし限界だった。僕は海岸からそう離れていない祖母の家にいったん帰ることにした。
soundscape
by itr-y
| 2012-02-18 00:53
| 旅